人生

自分の醜さを知ることから・・・

2009032301 そしてとりあえず、今のところは先生が心配されていたような、自分を掘り下げることの弊害はあまり感じられない。
いや、むしろ正直な自分にときたま出会えるようになって、妙な安堵感がある。
さらには、そんな正直な自分を徐々にではあるが、出せるようになって、楽に感じることもある。
簡単に言ってしまうことはできないが、かつて自信満々に見えた自分は、虚勢のたまもので、実は本当の自信がなく、人目を気にし、評価を気にし、優秀な人と思われたいという欲で作り上げた「自分のなりたい虚像」のようなものだったのだろう。
そして本当の自分は猜疑心が強く、気が小さく、だからこそ、見え張りで、人によく思われたかったわけだ。
本当の自分を並べてみてわかってきたのが、「そりゃ何も大したことができんヤツ」だったのである。
いやさ、百歩譲っても「そこそこ生きてこられたら上出来」の部類であって、こんな低い能力と弱い精神力で、欲ばかりの多いこと・・・
自分でもあきれてしまう。
そして、本当の程度がわかってきて、良かったことがある。
私は頑張らないと生きていけないということだ。
楽して生きていけるほど能力も高くなく、大嵐が来ても堂々としていられるほど度胸もないので、なるべく動揺しないようにいろいろなことに頑張っていかなければならないのだ。
まあ、小さなトンボのようなもんである。
何が目標かわかんないが、ともかく一生懸命飛んでいないとエサにはありつけないのだ。
私とて、もっと悠長な人生でありたいが、それこそこれが神の与えし運命であり、生を受けて虫じゃなかっただけ、ありがたいというものだろう。

それは、先ほどの本の作者も言っているように「自分の醜い性格に気が付いたとしても、それは恐れたり恥ずかしがることでもない。育ちのせいであり、運命なのだ。」
とにして「そうだったのか!」と入っていったのが気が楽になってよかったのだろう。
考えたところでどうにもならない部分なのだ。
が、今は誰のせいでもない、自分の持って生まれた運命とはいうものの、恐怖への対処を卑怯に立ち回り、ごまかしてきたから、何の強さも備わらなかっただけのことであり、誰のせいと言うならば、やっぱり自分のせいでしょう。
気がつくのが遅かったので、ものすご未熟なまま歳だけを重ねてきたのであります。
なので、遅まきながらも。これから一つずつ生きていく力を身につけるしか残された道は無いということで、悩みの答えは簡単なのかもしれません。
惜しむらくは、もっと若い頃に早くこのようなことに気がつくなら、もうちょっとサワヤカで潔い人生だったように思うのですが、「今になって気が付かされる」それもまた神の授けた運命なのでしょう。
なんてことを考えていたら、やっぱり今日もそうのんびりしてはいられないようです・・・
なにしろ、まだまだ遅れているのですから・・・

おっと桜ももうすぐですね。

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人間も自然の生き物

人間だって所詮は虫や植物やほかの動物たちと一緒で自然の生き物だ。
生き物である限り、生きようとしなければ、生きられないようになっているんじゃないだろうか?
結局は自助努力が必要なのだろう。

「心」というものは人間独自のもののように言われるが、なら、大雨をよけるように葉陰を探したり、くもの巣をよけるように注意深く飛んだり、生き延びるためにすべての生き物が努力をするように、自分の心についても努力が必要なんじゃなかろうか?
私は徐々にそう思えるようになってきている。
大袈裟に言えば自分の心の傷は自分で癒すしかない。
心の病とて助言をもらえることはあったとしても、結局は「治したい」という気持ちがないことには、他人では治せないのではないだろうか?
まあ、専門家の先生はそのあたりをわかっていて、「生きようとする気持ち」を時間をかけて丁寧に呼び起こそうとしていると思うのだが、自分自身で気が付けば、その方が早いように私は思う。
よく、「それができないから心の病なんだよ」と聞くことがある。
ま、そういってしまうと、本当におさまりの無い話になってしまうので、要は私の場合は妙なところにも「性分」がはたらいて、自分でいろいろとやってみているのである。。

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自然界では競争を厳しいなんて思わない

私のお世話になったお医者さんは不出来ではなかった。
むしろ「なるほど」というアイデアをたくさんいただいた。
しかし・・・心の病は手術をするわけではないので、「相談」で治ることは無かった。
そうではない患者さんももちろん居られるとは思うし、ひょっとしたら私程度は「患者」の部類に入っていなかったかもしれないが、医者に通って話を聞いてもらうだけで治るということ自体に信用できないものがあった。
ある意味性分通り、やっぱり他の人をあまり「信用していない」のかもしれない。
というか、納得できる仕組みでなければ信用ができないのだろう。
ものすごく猜疑心が強く慎重なのかもしれない。

通うことにも慣れ、その割には効果を感じられないと・・・「悩みとどう向き合うか?」のヒントのようなことはお医者さんに与えてもらえたとしても、それをどう取り入れていくか、どう対処していくかは、薬ではなく、結局は自分の行動にかかっているんじゃないか?と思い始めた。
自分では行動する気になれないから「心の病」などと言うのだろうが、じゃあ、同じ「病気」であっても、癌になり余命が3ヶ月と言われても、生きようとして頑張って3年も5年も生き延びられる人も居るのは、やっぱり自分にかかっている部分が大きいのではないのだろうか?
私には余命が宣告されるような癌だったり、身体が不自由な病気と、「心の病」が対等には思えないのだが、それでも同じ病気とするならば、癌や身体の不自由ささえも自分で乗り越えなければ生きられないとするなら、心の病とて、結局は自分でなんとかするしかないんじゃあないのだろうか?

心の病で苦しんでおられる方には非常に厳しい言い方かもしれないが、人間だけでなく、生き物なんて、もともと自分で生きようとしなければ、生きていけるわけがないモノじゃないのだろうか?
自然界にとっては人間の心なんて屁理屈のようなものであって、なんとしてもメシを確保しメシを食う、その競争に勝てない生き物が絶えていくのが自然である。
それは人間以外の生き物にとっては「厳しい世界」ではなく、当たり前の世界だ。
ならば、半分は自然界の生き物の人間とて、そこに身をおいているわけであって、頑張れと言われるのが一番つらかろうが、頑張っていくしか方法はないのではなかろうか?

鬱の治療では「頑張れ!」というのが一番よくないと聞いた。
もうこれ以上頑張れないから鬱になっているのであり、その痛んだ心をさらに踏みつけるダメージを与えるからだと・・・
専門医の言われることなので、たしかにそうなのだろう。
が、「もう頑張らなくてもいい」のだったら、毎日何やって暮らしていくんだ?
どう見ても人生楽なことや楽しいことばかりではないのに・・・

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専門医の見解

私は心の病気の専門家でもないし、正しい処置をしていないのかもしれないが、自分の体験からすれば、奇遇なことに、私の性分であった結局は「自分で解決するしか」ないようにもいつのまにか思えている。
そう思うようになったキッカケは実は専門家の先生の助言ではなく、その助言をいただくための長い待ち時間に読んでいた本というところも皮肉なのだが、そこにそれらしきことが書かれていて・・・
先生の助言を待ちきれない私はちょっと実行に移してみたのだ。

その第一歩は「本当の自分を知る」ことから始めてみた・・・
別に誰にも言う必要もないので、自分自身を正直に見直す作業をしてみたのだ。
作業といっても特別なことをするわけじゃない。
日常行動での自分の正直な心境をもう一度確認してみるのだ。
こんなこと案外人間はしない。
だから知っているようで知らないというか、私の場合は正直な自分と見せている自分に「恐ろしいほどの開き」を発見することが多いこと多いこと・・・
で、あまりの自分の醜さに先生に相談すれば、「あんまり自分を掘り下げるのは良くないと思うよ・・・もう少し気楽な方向に物事は考えないと・・・」
とおっしゃられた。
たしかに醜い自分を認めるのには苦しんだ。
もうちょっとはマシな人間だと思っていただけに余計に自信も喪失した。
が、いつしか先生に注意されても、なんだか真実を知る作業のような気がして・・・いや、自分の根っこを正確に知らなければ、育ちかたを治すこともできんだろうと、事有るごとに自分の心理を確認することがクセにもなった。
そして、それだけで気が済まず、過去の自分の心理を分析したりするようになった。

先生はやはり「反対」した。
が、「思い込もうとしている自分」と「正直な自分」のあまりの違いが次々に確認できると、自分のことながらもっと知りたいという欲求も出てくる。
そして、過去の自分の分析をしたりして、「そりゃその後こうなるわけだ」と過去の事実が今になってようやく納得したりするようになったのだ。

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性分

大人になるのが遅れた私は、挫折を知るのが遅かった。
本当はとうに挫折しているのだが、それをゴマかしてきた。
だから、頑張る気持ちを育ててもこれなかった。
ただただストレスのない生活を求めて、堂々巡りの生活で、進化のない時間を10年以上は過ごしていたような気がする。
で、ある日突然、気が付いたら、どこを向いても壁ばかりで、身動きできなくなってしまった。
そして、どうしようもなくなって専門医を尋ねた。
いや、これからとて悩み相談に出向かなければならないかもしれない・・・
が、今現在気が付いたら、「救済法」とか言っちゃって、結局自分でどうにかしようとしている・・・
もうこうなると良い悪いの問題ではなく、こんなところまでも「性分」といういうものなのか?と
自分でもはたと今朝気がついたのである。

今ある救済法とて言葉にすれば簡単だが、10年前ぐらいからだろうか?
乗り越えられないことが多くなってきて、乗り越えられなくとも、逃げるわけにゃあいかないし、最低限やり過ごさなければいけない。
そんな心得のなかった私は、何度もくじけ、何度も嘆いて、少しずつ「そうなのかなぁ?こうなのかなぁ?」と拾い集めてきたようなことだ。
今だって悩みはつきないので、新たな解決法はないものかしょっちゅう探してもいる。

でも、結局はやっぱり自分でどうにかしようとしている。
そんなことをするより、お医者さんに相談した方が早いかもしれないのに、何故か自分でどうにかしようとしている。
いや、心の問題に関しては、最近ようやく「自分でどうにかしようとするように」なってきた。

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水もれ甲介(わからん人のが多いだろうなあ・・・)

先日の水漏れも結局自分で修理をした。
そう器用じゃないし、知識があるわけでもない。
そもそも面倒臭がりだ。
でも、結局自分でやることが多い。
剪定ぐらいならまだしも、庭の地ならしから、塀作り、駐車場も自作だ。
もちろん植木は全部自分で植えている。
最近でこそパソコンは買ったものだが、以前は全部自作していた。
トレーニングもジムに行って教えてもらうようなことはしない。
自分で考えて勝手にでかけて行っている。

お金がもったいないということから自作に至ることも多いのだが、根源は違うような気がする。
そもそも、そうドケチではなく、使うときには思いっきり使ってしまうので、カミさんによくしかられるぐらいだ。

あんまり人を信用していないのだ、と思う。
専門家と言われる業者に頼んでミスをされた経験が多いのかもしれないが、どうにも納得できない所作を見てしまうと・・・自分でやった方があきらめがつく・・・ように思えてしまうのだ。
時代が時代だったせいもあろうが、学習塾も体験していない。
自分で納得できるやり方を見つけた方が効果的じゃないかと思っていたのかもしれない。
こんなことは考えたことがなかったが、これが「性分」というやつなのかもしれない。
でも、ものすごく遠回りになっていることも多い。

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まだまだ仕事は片付いていない

2009031401 というものの、風邪をひいて以来、ようやくちょっと整理がつきだした。
もちろん月曜日次第じゃああっという間にふっとぶほどの片付けようなのだが、それでも多少の「ほっ」とは欲しい。

で、世間を久方ぶりに見回して見るのだが、まあ、本当にこれでよいのか?という始末だ。
誰もが未来というよりは、5年先、来年、いやさ来月さえわからない状態なのではないだろうか?
「こんな日本に誰がした」と言いたいぐらいである。

でも、国民である以上私とて、無関係ではなく、私も「そんな日本」にした一人なのだろう。
よくわからないが、30年ほど前の私の青春時代はなんだかもっと気軽だった。
そりゃよくないことだとは思うが、それが許された時代というのが、本当の豊かさのような気がする。

今の若い子らのことは全くわからないが、本日出かけた郊外スーパーは、駐車場も待たされるほど超満員であった。
これでどうして内需がよくないのか?
まったくツジツマの合わない国になったということか?

だから余計に誰も頼れないし、信頼できない。
で、自分が頑張るしかない。
と、私は思ってしまうのだが、皆そう思うのだろうか?

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ちょっと寒いですが

気持ちの良い朝です。
休み2日間ボランティア?活動が朝から目一杯だったので、疲れは残っているのですが、天気のせいか目が覚めるにつれ清清しくなってきました。
本来これで良いと思うのですが、現代人はせっかくの気持ちの良い朝まで、将来の不安で感じられなくなっているのではないでしょうか?
そういう私もその一人であり、悩みや不安が大きな日は、せっかくの気持ちの良い朝に気が付かないことが多いのでしょう。
どうせいつかは死ぬのであれば、いや、そうだからこそ、気持ちのよい日にはその気持ちよさを感じないともったいないように、なぜだか今日は思いました。
ずっとこのような思考ができると良いのですが・・・

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私は頑張る力が弱い

だから、こんなみっともないブログをこさえて、自分自身を励ましているのである。
頑張る力が強い人も居る。
立派だし、うらやましい。
が、私は残念ながらそんな人になれそうにもない。
なので、せめて一歩ぐらい(できたら二歩ぐらい・・・)は近づこうとし始めたのだと思う。
そう考えている今でも、しょっちゅうサボってしまっているし、メゲている。
いや、こんなブログをこさえていても、そうなのだから、何もしないとダメ人間になってしまうかもしれない。
そんな細い幹だから、余計に常々励まし続けているのである。
でも、正直なところ、頑張っている人を100とするならば、まだ小数点以下ぐらいしか頑張っていない。
ここで、偉そうなことを書いているほど頑張れていないのが、情けない。
それは運命でもなんでもない。
まだまだ甘ちゃんで、頑張る力が弱いだけのことである。

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偉そうに

こんな具合に考えるようになっているのだが、なので「格差」という問題は私にはあまり響かない。
生まれながらにして病弱な人やからだの不自由な人を見ると気の毒には思うのだが、私が全部救えるわけでもない。
いや、そんな救うなんて偉そうに言っている私だって外見上はわからないが脳に欠陥があるかもしれない。
そんなものは、もう「今」平等にしようったってできない相談なのだ。
それよか、「今」からどうするか?
それしか方法が無いと思っている。
いや、未来だってどうなるか?わかったもんじゃないというのが、ここ最近の世界恐慌で本当に身にしみた。
つまり、先々のことを綿密に計画練ったところで、全く役に立たんぐらい吹っ飛ぶこともまた「運命」なのだと思うのだ。
すれば、自分ができることは「今」を頑張るしか、努力をする場所もないわけで、それが多少なりとも未来につながると思うのだ。

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人は格差をもって生まれてくる

ただ、誰しも身近な隣近所は気になる存在で、自分との差をついつい感じさせられる。
これが今は発達しすぎた情報化社会のせいで、有名人から政治家から自分のことを「知りもしない」人の暮らしっぷりまで「気になる存在」としているところに問題があるような気がする。
総理大臣ですら「あんな総理だったら俺でもやれる」とか飲み屋で言っちゃっている人も少なくない。
酔っ払ったときのたわごとならまあいいが、これが本心であれば、相当に現実から乖離している。

人は親を選んで生まれてこないように、出生地だって選べない。もちろん国籍だって。
そうやって偶然の環境で育ってくる。
これは運命でしかない。
ただ、そこからは自分の努力で変えられることもたくさんあるだろう。
が、自分の努力で変えられないものがある。
ということを理解するのも大事なことだと思うのだ。
総理大臣になれるような人は、飲み屋ではなく、霞ヶ関か永田町で夜遅くまで仕事をしている。
それが良い、悪いではなく、そういう運命のもとに「今」があるわけで、誰のせいでもない。
「運命」と自分のせいだけだと思うのだ。
そして、運命は変えられないものだから、そんなものをいつまでも後悔しても何も変わらない。
変えられるのは自分の努力の届く範囲のことだけだろう。
なら、やれることをやる、だけであり、自分の過去や出生をいつまでも考えていたところで時間の無駄となるだけだ。
そんな気がしているということ。

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「格差」というもの

「格差」「格差」と最近はそれがものすごく問題のあることのように言う。
特に日本は一億総中流といわれた時代を経験しているから、格差には異常に敏感なのかもしれない。
が、外国と比べたって日本の格差はそれほどひどいものじゃないし、そもそも同じ人間で見るなら、アフリカの非常に貧しい国に生まれる人だっているのに、それを人類という範囲で言うなら日本人なんてほとんどが、ものすごく幸せな部類だと思う。
さらに「生き物」のカテゴリーでくぐるなら、同じ生き物として、仮にヒヨコにでも生まれたらどうだろう?
ちょっと生きただけで、ブロイラーかなんかにされて・・・さらにセミなら・・・
ま、そこまで考えると極端になりすぎるのだが、時代だってそうだ。いつの時代に自分というものが生まれるなんて、誰もコントロールできない。
誰を親として生まれるかってこともそうだ。
とすると、そこには必ず「格差」がある。
ということは「格差」なんて、必ずあって、運のようなものだとも言えるんじゃないだろうか?
私も人並みに親を恨んだこともあるし、自分の育った環境を嘆いたこともある。
で、悩み続けている今はどうかというと、「いや、自分の育った環境は悪くなかった」と思うように(思うまでは強く言い切れない)はなっている。
何故なのかはわからない。
ただ、悩み続けてきて、見えてきたことなので、そういう意味では、悩むということは決して悪いことではないように思うのだ。
人から「アンタなんか幸せなほうだよ。」と言われても、実際はなかなかそうは思えない。
一人でもがき、苦しんで、あれやこれやとさまよってこそ、たどり着ける場所があるような気がする。
おそらくどんな場所にも簡単にはたどり着けないのだ。

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宗教家ではない

こんなブログは誰も見ていらっしゃらないと思うが、毎日毎日辛気臭いことを書き記して、まるで宗教にどっぷりつかった者の心情吐露のように聞こえるかもしれないが、前にも書いたように私は特定の宗教は信仰していない。
ただ、苦労知らず、世間知らずでも運よく生きてこれたのだろう、突如うまく生きられなくなって、もがき苦しみはじめた自分をコントロールできなくなってしまったのだ。
それまでは、まあまあうまくいっていたようなので、多少の自信もあったのだろうし、うぬぼれもあったのだろう。
が、そんなもの悩みはじめてから、どんどんどんどん削られていき、心の中では何のとりえもない、何も努力できない、情けない人間にまで落ち込んだのだ。
今も尚、そんな悩みの中には居る。
が、あまりの堂々巡りに飽きてきたのか?このまんまじゃいけないという気が少しは起きてきたのか?たまたまの偶然か?
ちょっとは抜け出せる道が無いものか?模索し始めたのだ。

私は弱い。
そう自覚した。
ならば、弱いからこそ、自分を守らねばならないし、少しでも丈夫にしなければ、生き延びれない。
つまりは、自分を励ましながら生きているのである。
そんな生き方を肯定したくて書いているのかもしれない。
ただ、思い浮かぶことが、宗教っぽい言葉につながっていくのは不思議だ。
おそらく多くの宗教が苦しみや悩みの中から生まれたのだろうなぁ。

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とにかく今日一日はやりきった

フツーの人のフツーの一日だと思うのだが、努力と言う文字の無い生活の長かった私にとっては、たかだかこういう一日でも、けっこう貴重なのである。
夜中にタバコをふかしてフト思ったのは、「あー今日も頑張ったな」なんて一日は50年近くなるこの歳でも数えるほどだろうか?
いつも、本当にいつも、なのだが、努力するにしても、尻に火がついてからしかできない、いや、やってこなかったタイプなのである。
で、ここまで来れたのであるから、それはそれで幸せなことなのかもしれない。と。
好きなことはそれなりに一所懸命にしてきたが、やっぱり努力とは無縁であったような気がする。
だから、この歳になってようやく気がつくことが多いのだろう。
ま、朝のブルーな気持ちから、ここまで戻したのは、ただただ無謀に動いてみただけなのだが、そういうことが大事なのかな?とは思う。
またも登場する養老孟司先生ではないが、最近の人間は「脳みその中で動き回っているだけ」だから、何にも対処できないのかもしれない。
もう少しこの辺りがわかっていたらもっといい人生に・・・と思ったりもしたが、いや、何も知らずに好き勝手やれてた時代があるというのも幸せだったのかもしれんなぁ、とか思ったりして、タバコは燃え尽きた。
あとはまた明日。
私と同年代の人々は皆どう過ごしていらしゃるのだろう?とか思ったりした。

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小心者

こういった日常を繰り返し、フト気がついたら、トンネルではなくなったのかな?
といったところまで出てきた・・・ような、まだまだそうでないような、混沌とした位置までは出てきたような気もしている。
非常にまどろっこしい言い方だが、そうは簡単に自信は持てない。
単純に晴れ晴れとしてしまった方がいいのかもしれないが、小心者の私は簡単にいい気になって浮かるほど、すぐに沈んだりするものなんだと思えてしまうので、まだまだ用心深くしたいのだ。
そもそも浮かれていられるほどになったわけでもない。
具体的には何も解決していないわけで、ともかく「頑張ろうかな」と思いはじめてきているだけで、浮かれている場合でもないし、そんな次元でもなかろう。

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習慣化

無計画に・・・
と言ってはいるが、本当の無計画ではなかなか仕事は消化できない。
ある意味合理的に効率を考えないと進捗が2倍も3倍も違ってくる。
こんなことも身にしみたのだろうか?
メモをとる、予定を組む、予習をする、寝てても考える、整理整頓する・・・そんなことがけっこう身についてきた。
当初のことを思うとかなり効率よく片付けられるようになってきたのはその習慣のおかげだろう。
今まで多くのビジネス書に書かれていたようなことだが、頭の中だけでわかったことはやっぱり実行には移せない。
本当に必要に追われてはじめて使うものなんだという思いだ。
忙しかったわりには、不思議と机の中やロッカーが片付いてきている。
多分そうしないと、仕事のスピードについていけなかったからであり、やっぱり必要にせまられてそうなってきただけのことなのだろう。
目標はポジティブではないのだが、結果に追われてポジティブな行動になってきた。
ま、それはそれでいい。

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きっかけ?

立ち直るなんてところまでは全然至っていないが、方向転換したきっかけは、忙しくなったことだ。
不景気ばかりでなく、会社の事情もあって、暇を作る余裕がなかったというか、暇を作ったらやることがたまる一方になってしまった。
だから、少しの暇をみつけても、片っ端らから片付ける。
計画なんかない。
ものすごく幼稚な方法かもしれないが、ともかく片っ端らから・・・
そうしないとやっていけなかっただけのことである。
すれば、帰宅後はぐったりで、毎晩酒盛り、タバコも復活した。
はじめは「「運が悪いな」と思っていた、今までの行いでそういう境遇に至ったと思っていた。
いわゆる「バチが当たった」というやつだ。
が、今はそれで良いかな?と思っている。
二日酔いの日もあるが、それでぐったりしていられない。
二日酔いでも頑張らなければならない境遇となってしまった(ま、これはもともと当たり前だが、目に見える姿勢としても)。
そうして考えてみると、ま、カラダにも精神的にもいいことではなかった酒やタバコばかりが悩みの原因ではなかったようだ。
ウダウダと頭の中だけで考えていると、結局現実は見えてこないのかもしれない。
もちろん酒やタバコはやめた方がいいに決まっているが、まあ、今は二の次。
にしときましょう。

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久々に登場

長いトンネルを抜けてみたら、もうちょっと晴れ晴れするものかと思っていた。
いや、いっそ勘違いでもいいから、晴れ晴れとしてしまった方が良いのかもしれない。
が、トンネルの中に居るという印象はなくなったものの、悩みが解消され、スッキリとした生活を送っているわけじゃない。
でも、ちょっと頑張ろうと思うようになっている。
いや、頑張らないと生きていけないし、多分つまらないんじゃないかと思うようになってきた。
いつまで続く心境か自分でもわからないのだが、悪戦苦闘しているうちにこうなってきた。

昨年の最後の記述にもあったように、反省したり、悩んでいたりするだけでは堂々巡りで時間の無駄。
頭の中の作業だけでは、何も解決しないし、進まない。
だったらブログを書く前に、私の場合はやるべきことがあるんじゃないかと・・・。

奇しくもそんな折に「不景気」の大合唱になってきた。
今日までのいきさつは、もう毎日のようにマスコミを賑わせている。
妙な話、尻に日がついてしまって、私も悩んでいる暇がなくなってしまったのである。
そして気がついたら、ブログを書いていたことさえ忘れていた・・・

この3ヶ月間は自分としてはある程度遮二無二過ごしてきた。
まだまだ甘ちゃんだとは思うが、私にすれば珍しいことだ。
それは「100年に一度」と言われる景気の減速に後押しされている部分がたぶんにあるのだが、まあ、きっかけは何でもいい。
ともかく、じっとしておれなくなった。
精神的にというよりは経済的に。

こうなってみるとちょっとわかったような気にもなったりするのだが、まさに「悩んでいる暇」がないのである。
「暇がないと悩んでもいられない」のだ。

これまでのブログの長々とした文章は誠に恥ずかしいのだが、ある面「暇」の産物でもある。
ここは自分の正直な気持ちを吐露する場としているので、もし見られている方がおみえなら、いつまでもグジグジした女々しいヤツだとお思いかもしれないが、それが正直な自分なのだから、
それらも正直な私の一面である。
本当は消してしまいたいぐらいだが、消してしまったり、違うブログでやり直せば事は簡単だ。
が、「全部ひっくるめて」私なのであって、当分はそれらもひきずりながら生きていくのがよいのではないか?

今もブログを更新する暇さえないようにするのがいいと思っている。
実際はそれほど忙しいわけではないが、その時間にいろいろやれるだろうと。
が、悩んでいく課程があれば、立ち直る?課程もあるのだろうと・・・
それをちょっと記していくのもいいかな?
なんて、思いはじめている。

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あんまり長い目標は得意でないので

とりあえず自分なりの未来予想図を考えてみると、あと8年。
あと8年は「仕事第一」の期間になるのではなかろうか?
もちろんそれまで辛抱できないかもしれないが、8年ぐらいは辛抱してみたい。
56歳になっている。
健康であれば、それからだって釣りも波乗りも十分に楽しめる。
いや、それまでだって「やれない」わけじゃない。
あくまでも第一が「仕事だ」ということだけなのである。

8年間無事に仕事を続けられれば見えてくるものがある。
いや、年金等の事も考えるとそれ以上、いや、17年後まで「仕事第一」で居られるものなら居たいのだが、この日本の状況でそこまで予定するのは、あまりにも不確実すぎる。
それを考えてとりあえず「8年頑張ろう」という線なのだ。

もちろん8年頑張ろうとしても、それが許されない場合もある。
失敗というより、運もある。
1年でダメかもしれない。
その準備も進めながら8年の完走を目指すのだ。
8年でなくても、今年より来年、来年より3年後、3年後より5年後と・・・1年でも多く仕事第一で居られるよう、しばし頑張るときなのかもしれない。

簡単に言ってしまえば、頑張れるだけ頑張ることである。
その結果は神のみぞ知ると言ってもよかろう。
ひょっとしたら来年から趣味に没頭するような生活になってしまうかもしれないし、17年間「仕事一筋」になってしまうかもしれないが、それは同じ努力でも「運・不運」でもきっと変わってくることなのだ。
だから、運がよくても悪くても・・・転がった先に後悔しないように、やれることをやっておこうということなのかな?

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対極

カレはおそらく何も言わない。
見下したような目で睨んで去るだけだろう。
何度もそういう態度をされてきた。
少なくともカレにそのような態度をされるおぼえはないし、いや、むしろオレのが頑張っているんじゃないの?と思うことのが多いのだが、カレは見下していく。
価値観が全然違うのだ。
仕事や性格なんかカレの評価の対象にはないのだろう。
今熱中していることにどれだけ一生懸命であるか?
競い合えるぐらい熱くなっているか?
誠にカレに都合の良い理論なのだが、その都合の良さがカレなのである。

善い悪いはこの際どうでもいい。
ただ、カレのその判断力は身勝手だからこそ、どこにも媚びることなく、言い訳の多くなった大人たちがグサっとやられるのである。
なんだかわからんが、30年を経て私はカレの対極に来ているような気がした。

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インプレッション

N氏との生活はそれほど長いものではなかった。
実質2年も無かったのではなかろうか?
が、ほとんど毎日一緒に過ごしており、ある意味舎弟でもあったので、そりゃあ中身の濃い期間であった。
人との付き合いを時間と濃さで現すなら、よほどの仲の良い友人とて、30年分ぐらいの付き合いを例えるなら、一挙にそれを一年で過ごしているぐらいの濃さがあった。
当然影響を受ける。
いや、若い時など、映画の主人公ではないが、尊敬できる人や強烈な人格に影響を受けることは誰しもあろうが、まともに影響を受けた。
今思うと私とは正反対の部分も多い人だが、背伸びをして「なろうとした」部分もある。
それも嫌な思い出ではない。
が、やがて私はもっと世間で言う「まっとうな道」に進むことになる。
カレとは離反していくし、カレのような行動は取れない世界にはまりこんでいく。
カレの生き方は私の世界では「夢のよう」な存在になっていった。

そして30年近く経ったわけだ。
画像の中のカレは私の友人が言う「カレの臭いが相変わらずプンプンしてくる」ようだった。
とても社会に適応できるような人ではないと思うし、その後の生活を聞いても波乱万丈のようだが、画像の中のカレは歳は取ったが、ある意味「昔のまんま」なのだ。
カレとてもう4,5年も経てば60歳である。
そんな年齢になってまで、「彼の臭いがプンプン」とは羨ましい限りであり、やっぱりカレだなと思うと嬉しくもある。
そして、今、そこまでのバイタリティの無い私を見たらカレは何と言うだろう?

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N氏

そんな折に私の波乗りの師匠の現在の姿の知らせが届いた。
N氏と称しておこう。
カレの事を書き始めたら、そりゃあ一日や二日で済まないほど多くのエピソードの残している人物だ。
いろいろあって消息を絶っていたというか、私が消息を絶っている。
それで良いと思っている。
が、懐かしくないわけはない・・・

私が初めてお会いしたのは19歳の時だ。
まだ、しっかり憶えている。
当時流行りのサーファーのスタイルであるものの、眼光鋭く軟弱ではない。
体つきはスマートで大してごっつくもないのだが、とっても威勢の良い人であった。
の一方でどこかしらセンスが良く、決して美男子ではないのによくモテた。

私は19歳といっても高校卒業したばかりである。
イモ臭い私の前にこんなハイカラな兄ちゃんが突然登場したのであるから、私は途端に影響を受けた。

サーファーという人々を知らなかったわけじゃない。
当時はリーゼントから途端に長髪になっていた人も珍しくはなかったので、そんな先輩も見ていた。
が、全然違って見えたのである。
どうしてかはわからない。
ただ、何の先入観も理屈もなく、見た目「違う」と思わされたのだ。

カレが催眠術を扱えるような人物でないのは、その後しっかりとわかるのだが、だからこそ、とても強いファーストインプレッションを放っていたということであり、それぐらい私の人生に突如として影響を与えるようになった人なのである。

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気軽で器用なタイプ

娘達の部活動参加は実質3年だが、その前にも応援には出かけていたし、上の娘が参加してからは家族の話題はそればかりだったので、5年は過ごした気になっている。
また、この5年間は仕事上やプライベートでも変化の多い時期だったので、今まで生きてきた中でも一番たくさん悩み、たくさん考えた時期でもある。
言い方は失礼だが、「オチオチ遊んでいられない」と思うことが本当に多くあり、趣味や自分だけの楽しみに没頭できないばかりか、自らどんどん排除していった(そうしないと時間が確保できないから)時期でもある。
そして終わろうとする部活動の次を考えてみたら「他には今現在何もやっていない」ことに気付くわけである。

決して親である身分のものが「遊んでいけない」とか「自分の趣味を持ってはいけない」と「家族を交えない楽しみをもってはいけない」と考えているわけではない。
いや、私根は案外生真面目なので、「人はそうであってもよいが、自分は仕事と家族のために専念しなければならないんじゃないか?」という戒めのようなものを感じ、あんまり自由に遊ぶのは実は「うしろめたく」感じるというのはある。
いずれにしろ大した思い込みではないが、気軽に遊びに没頭できる人種ではなく、実はちょっと堅苦しい。
私を見かけだけ知る人は意外に思われるようだが、本人はこう考えています。

そんな私なので、いわゆる「趣味もできる人間は仕事もできる」とか言われても、そうあれやこれやと器用にはできない方なのだ。
この5年間と間もなく終焉を迎えるであろう娘どもとの部活動を目前にして思うのは、私は「気軽に器用に何でもやってみる」ようなタイプではなかったということだ。

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自分の時間

ただ、本当に不思議ではある。
あれほど大事にしていた自分の時間へのこだわりはどこへ行ってしまったのだろう。
女房、子供などくそくらえとまではいかなかったし、平日にはけっこう優しいパパであったのだが、それでも週に一回の自分の時間とそのための準備の時間、つまりは自分の趣味や楽しみに対する時間を邪魔されたときの怒りはただものではなかった。
言い争いを過ぎて女房もよく呆れていた。
何がそれだけ執着させていたのか今となっては自分でもよくわからないのだが、ともかく週に一日は「自分の日」がなくては気が済まなかったようだ。
いや、ちょっと思い出してきたが、一日ではなく、二日でも三日でも欲しかったのだが、さすがにそこは我慢をしての「一日」だったから、よけいに譲れなかったのだろう。
そこまでしてやりたかったことが「今はない」。
その状態が自分でもものすごく不思議なのである。
まあ、そんなことを「不思議」に感じている暇がこれまでは無かったので、あえて疑問にも思わなかったのだが、「子供らの卒業」「監督の退職」と部活動参加への終焉が見え始めてきて、「その後はどんな生活になるの?」というところに気がつき始めたのだろう。

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下りの楽しみ

誰だって、日本がこのまま枯れていくなどと思いたくはないし、それはあまりにも後ろ向きの考えだと指摘する人も多いだろう。
いや、たしかに一人一人の力は少なくとも、みんなが後ろ向きに考えるようになったら、下る速度に加速度がついて、もっと早くに枯れてしまわないないか?と心配する人も少なくないだろう。
それも間違った見方ではないかもしれない。
が、いくら前向きな姿勢が大切とはいえ、「下っているもの」を「登っている」ように見せかけたり、「登っている」と信じ込もうとするのは、「見誤ったままつきすすむ」ことにはならないのだろうか?
根性論がすたれて久しいが、柳の枝に飛びつける力の無いカエルは前向きに100回飛んでも届かないのであり、いや、もっと正確に言うなら、「前向きに」挑戦して100回飛んだら疲れ果てて死んでしまうはずである。
「逆らえない運命に従う」ということが、ムダな努力や無理でも挑戦することをしないことではないだろう。
が、また「疲れ果てて死んでも」いけないのである。

下り道が「避けられない運命」であるのなら、前向きに考えたところで、登り道を作ろうとして疲れ果てることではないだろう。
個人としてできることは、幅広い視野をもって、聞き耳を立てながら、迷わないよう、足をとられないよう、用心深く、最適な道を見つけながら、
できるだけ暗くならないように。(できることなら楽しく)
できるだけ傷つかないように。
できるだけ失敗しないように。

山頂を制覇するといった大きな目標は無いかわりに・・・
野に咲く小さな花に感動したり、
下り道だからこそ見えた景色に感動したり、
少しずつ元の場所に戻ってくる安堵感を感じたり、
そこには待っている人が居ることにしみじみとした嬉しさを感じたり・・・

下り道にも楽しみはあり、下り道ならではの過ごし方がある。
下り道を登り道のように進もうとするから、病的な現象が増えているのではなかろうか?

私は自分の人生でさえ、完全に下り道に入っている。
その若さで「年寄りじみたことを言うなよ。」という人もみえるが、多分そういった方々よりはトレーニングもし、多少の勉強もし、若さを保っているはずである。
つまり別にフケ込んでいるつもりはない。
でも、それで自分の年齢が「下り坂」からははずれるものじゃないし、時間的に若返るはずもない。
毎年毎年年老いていくようになった年齢であれば、これから成長の一途である時期とは「全く違った考え方や生き方」があっても何の不思議でもないし、その方が楽しく楽に生きられることもたくさんあるのではないだろうか?
と思うのだ。

簡単に言ってしまえば、「開き直っていくこと」なのかもしれないが、それはそれでそう簡単なことではないでしょう?
それぐらい「下り道」だって前向きに考えていかないと難しいものだろうし、それなりの「やりがい」がそこにはあるような気がしている。

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栄枯盛衰

このあたりを二人の作者は上手に解説していると思えた。
二冊平行読みなので、どちらがどちらか分別ついていないのだが、合わせて(両先生方誠に失礼!)「なるほど」だったのである。
今起こっている数々の現象だけとらえて「病的な国」と断定するから、対処の仕方も「病的」になってしまうのであって、「運命」ならば対処の仕方ももう少し違ってくるものなのか?
そこらあたりに私は自身は無いが、興味はものごくある。
「赤信号みんなで渡れば怖くない」といったブラックな標語があったが、「下り道みんなで下れば寂しくない」とでも言おうか、所詮人間なんて弱いもので、そういったことで救われることは少なくない。
日本がこのままどこまで落ちぶれていくのかは知らないが、中国なんてその連続の歴史だし、かつての大国が成り下がっている例などいくらでもある。
ポルトガル、スペイン、イタリア、トルコ、ペルシア・・・等々皆その時代の日本どころではない、世界制覇をしたほど隆盛を誇った国々だ。
現在はどうなの?と言いたい。
不思議と皆サッカーの強い国なのだが、サッカーと観光がメインの国になってやしないか・・・
急激に復権してきたロシアとて、ついこの前崩壊し、多数分裂してしまった国なのだ。
栄枯盛衰は国の運命であるとともに人間の運命でもあるのだろう。
ただ、時代の瞬間にしか存在しない人間には、それがわからないのだ。

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運命

バブル崩壊以前までは日本は「登っていた」。
世界大戦で壊滅的な打撃を受けたものの、まさに焼け野原から立ち上がり、すばらしく豊かな国に急成長した。
そりゃ立派だが、完全なる「登り道」でもあった。
とするなら、いつかは下り道がやってくるということにもなる。
「いやいや、そんな早くはやってこない」と楽観したい向きもわからんじゃないが、そのスパンの長い短い早い遅いは最中に居る人間にはなかなかわからないものだし、コントロールできるものではない。
つまり、知らない間に「登り道」だし、知らない間に「下り道」なのだろう。
私は戦争経験者ではないので、明言できないのだが、戦争を開始するときは、多くの人が「勝利を予感」するのだろう?太平洋戦争のときなど、「敗戦は目に見えていた」と後々言う人も居るが、それでも、「ひょっとしたら」勝てるかもしれないと思ったりしたことはあるように思うのだ。
でなければ、負けたら「死」と隣合わせなのである。そんな前途が見えていて戦争をできるのだろうか?
特攻隊の話も数多く残っているが、それとて「自分は死んでも家族は、日本人は、天皇陛下は生き残る」という希望があったのではないかと思うのだ。
つまりは短いながらも「登り道」であり、ハイな状態だと推測もできる。
が、結果敗戦となるのなら、途中どっかで戦況が反転するはずである。
そう、「下り道」の始まりである。
そんな「登り下り」個人でコントロールできるものなのだろうか?
だから「運命」で片付けなければどうしようもないことが、この世にはたくさんあると思える。

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鬱の状態になると

「私の努力が足りないから・・・」「私ばっかりに不幸が集中して・・・」などと考えるようになるらしいのだが、日本という国が下り坂にあって、どんどんどんどん貧しい国になっていくのであれば、そんなもの個人の力でどうしようもできないことではないのだろうか?
いやいや、そのための選挙だとか、そのための民主主義だとかいう机上の論理にフタするなら、相当のスーパーマンでなければ、いわゆるフツーの人なら、個人の力ではどうしようもない「国の運命」であろう。
過酷な運命で例に出したくはないのだが、原爆などその象徴のようなもので、ものすごく良心的な人も、ものすごい努力家も、ボタン一つで「消し去られてしまった」のだ。
その人たちに何の足りないものがあったのだろうか?
残念だが、歴史を振り返っても、個人の努力ではどうすることのできないものがいつの時代も必ずあり、だからこそ「運命」として特別扱いをしてきているように思う。
その日本の運命が「下り坂の時代」にあるということだ。

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祇園精舎の鐘の声

で始まる平家物語はいろいろな場面で私の人生訓ともなっている。
中でも「おごれる者は久しからず」というくだりは、48年の人生にして、他人だけでなく、自分も見事なほどに当てはまった経験がある。
ただ、人の人生など短いもので、国や歴史上のできごとに比べたら、「一瞬」と言ってよいほどの命だ。
なので、「栄枯盛衰」を自分の身体以上に感じられる経験はなかなかできない。
簡単に言ってしまうなら、発展していく国の途上に生まれ、上下はあるにせよ、ずっと発展していくその途上で一生を終える人は決して少なくないだろう。
逆に、決して悲観することなく、暗くなることもなく、前向きに生きているが、実は「ずっと下り坂」の国で一生を開始し、終えていく人も同じ数だけ居るのではないだろうか?
そう考えるなら、それはもう、運命としか言いようのない現象である。

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鬱の人が急激に増えたという

ストレス社会とか言われたりもする。たしかにそういう原因はあるのだろうが、ある意味バブル崩壊以前とて「ものすごく忙しく受験戦争さえ厳しかった時代」なので、ストレスが無いはずがない。
なのに、今のがストレス、ストレスと取り上げられる。何かというとストレスが原因だ。
じゃあそのストレスはどうやって取り除くの?どうやって溜まらないようにするの?
となると、その処方は非常に難しい。
自分でできないから多くの人が心療内科に通うことになる。
たしかに政治や経済やいろいろな事件を見ても、「日本は病んでいるな」と思わされることは多くなっているのだが、さりとてだから「自分も病んでしまおう」とは思いたくない。
なんとかその「病んでいる時代」にも適応し、自分だけでも「病んでいないようにしないと」家族に、仲間に、ご迷惑をかけてしまわないかと思うのだが、それはもう無理なことなのだろうか?

そんな私の悩みというか、迷いに一つの光を与えたのが、これらの本でもあった。
「時代が病んでいる」と考えるから病的な思考になってしまうのであり、下り道を歩いている、帰り道を歩いていると考えるなら、それは「不要な作業」ではない。とするものだ。
山頂に上り詰めれば景色もよく達成感もあってさぞかし爽快だろう。
が、いくら爽快であってもそこで一生を過ごすことはまずできないし、一生山頂に居たらそれは多分爽快ではなく、苦痛になるはずだ。
つまり、寂しい下り道は必要な作業なのだ。
また、ここまでポジティブに考えられる状態ではないだろうが、「次なる登山」があるのならば、「下り道」は絶対に必要な手順でもあろう。
旅行の帰り道も同じこと。

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鬱の時代

かいつまんで話せるほど簡単な話ではないのだが、山登りで言うなら「下山道」、旅行で言うなら「帰り道」、今の日本はそういう状態にあるんじゃないかと示唆している。
そして、その国民である我々はそれに応じた身の施し方をした方が「身のためだろう」というお話である。
ともにハウツー本ではないので、「正しい施し方」の紹介ではない。
「そんな時代じゃないの?」といったむしろ教示本かな?

たしかに「登り道」や「行き道」はワクワクもしているし、躁鬱で言うなら躁の状態だ。
目標もあるし、希望も持ちやすいし、だから楽しいことも多い。
反対に「下り道」や「帰り道」には目標がなかなか無い。
しいて言うなら、また今度山に登るために、また今度旅に出られるために、「安全に」戻ることぐらいなものだ。
ともすれば、疲れてしまって静まりかえってしまう寂しさに、声を掛け合わねば虚しい時間が過ぎるばかりかもしれない。
山登りであれば、目標は「一つ」だが、帰路到着地点は周囲360度ある。
「どこに戻っていいのか?わからない?」から皆悩んでしまう。
つまり「鬱」の時代じゃないかというものだ。

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楽観的に考えたいが

こんな時代背景なので、毎日を楽観的に過ごせる、少なくとも今の日本じゃあそういう時代は終わったように思います。
暗くふさぎこんでもうまくいかないでしょうが、ただただお気楽に、というのはもう通用しないように思います。
いや、以前の私はそれに近かったのですが、さすがにこの私でさえ悩むようになったのは、自分の年齢のせいばかりでなく、日本という国全体がそんな流れにあるということも大きく影響しているように思います。
誰しも早くに「楽になりたい」のは山々でしょうが、中高生や大学生ならいざ知らず、小学生ですら大変そうな人が今はけっこう居ます。
大人が「お気楽で居れるほど」甘い時代背景にはないようです。
下り坂を足元をたしかめつつ、しっかりと、というのでしょうか、それが良い方方なのかなあ?と考えたりしています。
もちろん、それでも踏みはずしてしまうこともありましょうが、そこまで考えたら何もできません。
仕方のない運命もまたあると思います。
全体的に下っていますから、良い状態ではありませんが、時代の流れは誰かのせいにできるほど単純ではありませんので、ある意味これこそ仕方のないところです。

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そもそも自分の年齢自体が下り坂です

今や「60歳からでも」とか「年齢なんんか関係ありません」と言う人が大勢居る中ネガティブだなぁと思われるかもしれませんが、相当努力しても20歳時の体力を50歳にしてキープしている人は皆無でしょう。
それに近づく努力はできるのかもしれませんが、人間も自然の生き物ですので、自然の摂理に逆らって生きられるはずはありません。
「いつまでたっても若者」と鼓舞することも意味はあるのでしょうが、「いつまで」というのは大袈裟で大抵の場合「100」も超えれば死んでいるのが普通です。
そりゃスズムシやカマキリと同じ生き物ですから、セミのように7日間で無いだけマシというものでしょう。
だから50歳は「下り坂」に当然あります。
それを意識の上で「上り坂」に変えるのは自由ですが、「真実」は「真実」であり、それが現実だと思います。
日本だけでなく、私自身も「下り坂」にあるわけです。

こんな世の中ですから、そうそう浮かれて遊んでばかりはいられません。
人との交遊も少なくなりました。
家族は大切にしていますが、それでも子供らは育っていけば、寂しいことですが普通は親離れしていきます。
親の世代の知り合いはだんだん死んでいきます。
哀しいけど、それが歳の順です。
楽しいことより、つらいこと、寂しいこと、のが多くなってきたように思います。
もちろん、それにメゲずに楽しく生きていかねば、とは思っていますが、現実そうであることは仕方のないことです。
自分を中心とした人間関係を考えるなら、そういう年齢になったということだけです。

が、これはみんな一緒です。
同じように歳を食うわけです。
寿命は違うかもしれませんが、同じ一年、同じ一秒を経験しながら、40歳になり、50歳になり、60歳になっていくのですから、歳をとれば誰しもが体験していくことです。
仮に一人だけいつまでも幼稚園児と仲良く若いつもりで遊んでいても、最後は自分が死んでしまいます。

50歳は50歳だということです。
仮に青春時代を思い出し、若い気持ちになることはできますが、若返ることはできません。
気持ちが大切というのもわかりますが、「ごまかせないもの」を知ることは悪い下り方じゃないように思います。

私が人生の面白いところを上げるとすれば、「やり直しのきかないところ」だと思います。
若い頃の後悔をリベンジするために晩年再チャレンジすることもあろうと思うのですが、それは若い頃の時とはまったくと言っていいほど違った挑戦になっているはずだと思います。
400mトラックに人生をかぶらせてみるとわかりやすいのですが、「第一コーナーで失敗したから・・」と第二コーナーで気をつけることはできても、第一コーナーのやり直しはきかないということです。
そして、もっと言うなら、50歳というのは、全てのコーナーを終えたか?最終コーナーあたりじゃないか?と思うのです。
その違いは、人それぞれの寿命や人生が違うから、50歳が全員同じ位置とも思いません。
でも、トラックで見れば最終段階でラストスパートのようにも見えますが、山登りでいえば、やっぱり下り坂であり、
ラストスパートで下り坂なので、理不尽であり、矛盾の多い、厳しい時期なのかな?と思います。

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下り方

でも、「下り方」って案外難しいんじゃないかと思う。
これは実際そうなのだが、山道とて登っていく際はキツくってなかなか思うように登らないこともあるのだが、登ろうとしていれば下がりはしない。
しかしながら、下るのはともすると「加速して」しまう。
油断しても「加速して」しまう。
非常にやっかいだ。
また、登る時の目標は大体頂上であり、見つけやすいし、わかりやすい。
が、下るのはどこに下って良いのか、どれぐらいで下ったらよいのか、実に様々な選択肢があり、非常に難しい作業のように思われるのだ。
私の仕事だけでなく、現在の日本がなかなかうまくいかないのは、そのためじゃないか?と思ったりする。
また、「登る操縦」を得意とする人は多いが、「下る操縦」は今の日本の歴史からすると、現存する人じゃあ体験した人が皆無であって、お手本になるものが無いという気もする。
つまり、時代に合わせてうまく生きようとするなら、「下り坂を上手にコントロールしながら生きていける人」にならねば、あるいは「なったほうが」良いんじゃないのか?
という気がするのである。
ちなみに、「いや、すぐにまた上り坂の時代が来るさ」ということで、私の見識が間違っていれば、それはそれで喜ばしいし、ラッキーなことです。
あんまりその確率は無いように思えて仕方ないのですが・・・

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下り坂の運命

「自分の運命を受け止める」と書いたが、じゃあ自分の運命は何だとおぼろげながらに想像してみると、今後の自分の運命は「下り坂を下りる運命」であるように思えてくる。
もちろん、相当に嬉しいことじゃない。
バブルの再燃など無いに決まっているとは思っているが、それでも多少は景気も良くなり経済的にも楽な暮らしがしたい。
いや、実際不景気と言われつつも、けっこうリッチな暮らしをしている人も居て、それは正直「羨ましく」も思うからだ。
でも、冷静に考えてみるとやっぱり「下り坂」であるように思える。
人のせいにするわけじゃないが、そもそも住んでいる日本がそうじゃないかと思う。
少子高齢化社会、財政破綻の例に収まらず、この国はもう頂点を過ぎているように思える。
いや、残念だが、そう考えると見事なほど、今起きている現象に説明がつく。
地球上に人類が登場して以来、様々な国が栄枯盛衰を繰り返してきたが、「永久」だった国は一つもない。
かつて歴史上で「大国」だった国が、今の新興国だったり、老国よばわりされているのを見ていてもわかる。
言い換えれば「上る時あれば沈むときあれ」だろう。
このあたりの言い回しは平家物語が見事なのは有名で、私もつくづくそう思う。
いや、歴史を振り返れば「何代にもわたる長ーーい下り坂」なんかいっくらでもあって、決して珍しいことじゃない。
というか、日本の今の状態でさらに上昇していくなら、むしろその方が怖いことは多いような気もする。

そんな国の中に私の仕事もあり、家族もあり、もちろん私自身もいる。
全体がそうなのに、「私」に関することだけ逆行するなら、そりゃかなりの無理が必要だろう。
いや、もちろん無理を承知で努力しなきゃならんことはいっぱいあるが、本当に無理な願いは「堂々巡り」となり、それこそ精神に支障をきたしてしまう。
実際私はそれほどタフではないと思っているし、現在「鬱」がものすごい社会のテーマとなっているのは、やっぱりそれを感じていたり、苦しい思いをしている人が多い証だろうと思うのだ。
だから、私だけでなく、時代がやっぱりそうなのかなと思うのだ。
とすれば、そんな中で「上ろう」とするよりは、時代の流れとともに「下る方がスムーズじゃなかろうか?」と考えてはいかがかな?と思い始めているのである。

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運命を受け入れる

そう思うと運命を受け入れることはとても大事な作業のように思う。
いや、別に受け入れなくともよいのかもしれないが、そうなると、理不尽なこと、納得のいかないこと、努力が無駄になること、そういったことへの説明がつかなくなる。
まあ、「それならそれでいいさ」とサバサバしていられれば良いのだが、「せっかく一生懸命やったのに」「ここまで頑張ったのに」となると猛烈な後悔になるのは間違いない。
つまりは努力や工夫に「恨み」が残る。
これは精神衛生上も健康的ではないし、何しろ自分の気持ちに怒りや哀しみが大きくなって、その後頑張る活力が失われていくんじゃないだろうか?
変な話、どっかで諦めをつけるからまた「頑張れる」わけで、同じところをぐるぐると回っていたらば、いつかは疲れ果てて死んでしまうように思う。
恋愛なんか分かりやすい例になるのかもしれない。
どんだけ努力したところで、かえって引かれたり、興ざめされる例は後を絶たない。
それでも気持ちを伝えようと努力し続ければ、最近じゃあ「ストーカー」などと言われ、下手すりゃ犯罪者になってしまう。
「ご縁の無い運命」と早く諦めた方が「次なる出会い」が早まるのは言うまでもない。
こんなことは別に恋愛だけでなく、仕事や、友人関係、家族・・・どんなことにもあるだろう。
かといって、何でもかんでも早く見切りを付けた方が良いというわけでももちろんない。
1回でできないことも1000回だから出来るようになることもたくさんある。
ただ、簡単にあきらめるのではなく、自分が納得いくまでやりこんでもダメな場合に自分を納得するのには「運命」としか言いようのないものはあると思うし、そうでなければ納得できない事象は多すぎる。
よって「これが運命なんだ」と受け入れるところから実はスタートの切れることは多く、つまりそう受け入れるためには、その前に散々悩んでおくことが遠回りのようで、結局通らねばならない道であるように最近は思う。

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自分の運命

ちょっと宗教チックな話になってしまうかもしれないが、最近はこの運命ということに行き着くことが多い。
自分ばかりでなく、他人もそうだ。
簡単な話、ものすごく優秀で性格も行いも善い人が突然犯罪に巻き込まれたり、交通事故で死ぬことが現に起きている。
今まで積んできた善行や努力なんか長生きには全く関係ないと思わされる瞬間だ。
反対はあんまり考えたくないが、ものすごくズルい悪徳商人が大金持ちになりのうのうと長生きしている。これも実際多々ある。
そういうヤツこそ「刺されりゃいいのに」「はねられればいいのに」と思うが、頑丈な車に警護付きで居るので、なかなか命を落とさない。
これは別に資本主義でなくてもある理不尽さだと思う。
ただ、こういった例を見るまでもなく、自分では決められない結末や自分の努力では変えられないものがあるのは事実だろう。
それは「運命」と呼ばれている。
生死という人間の存在の根本に関わる問題にすら、それは大きく影響するのだから、ささいなことから言ったら、もうそりゃあ人生「運命」だらけなのだといえる。
いや、もちろん「運」だけなどと幼稚な結論を言うつもりはない、日頃の努力や注意で避けられることもたくさんあろう。
病気への対処などそれがけっこう大きい。
「世の中なんか所詮運・不運が大きい」と自分の不勉強を棚に上げる輩も居るが、猛勉強していたら、やっぱり良くも悪くも違った人生があったのかもしれない。
しかしながら、勉強してこなかったことも、誰かを好きになったことも、何かに熱中したことも、ものすごく偶然の産物なのだと思う。
まずは何かにつけて、人との出会いがキッカケになることが多いのだが、中国ではないにしろ、1億人も住む日本で出会うことだけでもそりゃ「運命」だ。

で、私とていくつもの出会いを経て、今があるわけで、誰も居ない無人の島で50年生きてきたわけじゃない。
つまりは自分の運命だけでなく、人の運命と自分の運命が絡み合い、もっと大袈裟に言うなら、すべての事象が絡み合ってきたから、「今」という結果が目の前にあるわけで、それを今更どうのこうのと言ったところでおそらく「変えられなかった」ことなのだ。
これを
「あるべき姿として受け入れること」と悩み解消本などでは書かれているが、頭じゃ理解できても、そうは簡単にいかないわね。
だって実際悩みが消えてないのだから。
でも、決められているのか?決まっているのか知らないが、自分の力じゃどうしようもないことは必ずあり、それを運命というのであれば、やっぱり運命には逆らえないと思うのであります。

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悩めば悩むほど

そもそもそう思って人生を考えたことなどないし、
違った方法でも「人生」を考えたこと自体がない。
学生の頃、先生に「人生論を読め」と言われ、何冊か読んでみたが、何も心は反応しなかったし、多分深い意味が私には理解できなかったのだと思う。
でも、そこまではっきりした勉強方でなくとも、この9年ほど、それまでに比べてたくさん悩み、たくさん苦しみ、ちょっと努力してみたらどうだったろう?
いいことばかりじゃなかったが、決して悪い人生でもないと思えることも多かったんじゃなかろうか?
いや、むしろそれ以前にもこういった考え方ができていれば、いろいろと違った人生だったんじゃないだろうか?と思うのだ。
それは世間でものすごくオーソドックスに言われる
「悩めば悩むほど」
というところだ。
悩んでいる時間が楽しいわけないし、苦しいし、問題が大きかったり深刻だったりすると、体調だって崩してしまう。
今までにもそういうことは決して少なくなかった。いろんな意味で危険でもある。
もちろん、悩まなかった人生もそれが運命であり、その後悔あって今に至るわけだから無縁じゃない。
それはそれで良いのだろう。
が、これもまたよく言われるように、大きく悩んだり、たくさん苦労したから成功するものではないが、すくなくともそうすればするほど「小さな成功」や「小さな喜び」にものすごく感謝したり、感動したりできるようになるというのはあるだろう。
「悩んだ分だけ喜びもある」などと言われるが、やっぱり悩みはムダにはならないと思う。

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10年のその後

60歳や65歳からでは「人生は終わっている」と思っているわけではない。
60歳以後にも60歳以後の人生があるだろうし、楽しみだってあると思う。
ただ、今から想像できないし、想像できないことを計画する必要もなかろうと思うのだ。
そんな先のことより今日のこと。
しいて言うならこの先10年というのは、「この先の10年のために」というだけで、やることは「今日や明日」といった手近なことになるのだと思う。
それは私に将来を見通す見識もないし、予感する力もないし、計画できる力もないから、できることは、散々悩んで考えて「今日どうするの?」「明日どうするの?」ぐらいしかできないだろうと思うからである。
それじゃこの厳しい現代を生き残れないとお叱りを受けるかもしれないが、サンマが猫にはなれないように、できないものはできないと考えて対処しなきゃ仕方のないことはいっぱいあると思うのだ。
次いで言うなら今日明日でさえ、こんなものなのだ。
だから、さらにその先までは考えられないし、考える必要もないと思っている。考えたところで多分大きく間違っている。
今までもそうだったから。
できうる範囲は今後の10年を考えて今日、明日を一生懸命とまではいかなくとも、まあ、マジメに生きることなのだろうか?
そうすれば10年はきっと良い人生になる。すればその後の10年もよい人生になるのではなかろうか?

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なんで10年なのか?

私はこらえ性がない。
「わかっているなら直せ」と言われるかもしれないが、とりあえず今までも今もそうだ。
なので、「死ぬまで」なんて約束は自信が持てない。
「死ぬまで勉強」とか言う立派な人が居るが、それだけで十分に鬱になれる。
なので、年限を区切りたい。
それが60歳だ。
本当は11年強あるのだが、ふんぎりつけやすく省略してしまえば10年だ

あと10年である。
そしたら一応ゴールと思っている。
これまで50年近く生きてきての残りの10年だから、400mトラックなら完全に直線で、もうコーナーはない。
良くも悪くも完全に順位や視界の見えた直線を「わずかに」残すのみである。
ここで逆転するのは至難のワザで、不可能に近いだろう。
かといって、ここで力を抜けばあっさりと抜かれてしまうだろう。
また、力以上に無理をしたら、転倒どころか、骨折退場となり、ゴールには永久に届かなくなってしまうかもしれない。
今回のギックリ腰なんか危ないものだった。
でも、この直線をもう少し頑張ればゴールできると思うと少しは頑張れる。
死ぬまで頑張れと言われると「鬱」になるのだが、あと10年なら頑張れそうに思ったから、60歳をゴールにしてみようか?と思ったわけである。
一応普通のサラリーマンなら厚生年金を納める「定年」でもある。
残念ながら支給は65歳からとなってしまったが、それだとゴールは15年先になる。
15年も頑張れるのか?また、この変化の激しい世の中で15年を想像できるのかと言われるとこれも難しい。
10年でさえ、難しいと思っているから、10年が限界でもある。
なので、そこからの5年は今のところ「余力」で行くしかないので、その余力の分まで、あと10年で頑張らないといけないとも思っている。

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自分に正直に語りかける時間

かつての青春ドラマの主人公よろしく、くよくよせずに明朗快活に生きられたら、サワヤカだろうし、格好よかろうと、思う。
今の年齢であっても頼りがいのあるダンディな中年に思われるのは羨ましい。
なので、ジクジク悩んだり、人に相談したりすることは、恥ずかしく格好悪いことだと、今でも思う。
でも、格好つけてももう格好よくない歳であり、人相であり、スタイルになっていた。
この様で格好良いとは、頼んでもどうせ誰も思ってくれない。
なら、もうちょっと楽にというか素直にというか、正直な自分を出す場面があってもよかろうもんじゃなかろうか?
いやさ、他人にゃまだまだそこまで恥ずかしくって開き直れないとしても、自分に向いては正直であって良いんじゃないのか?その方が楽じゃないのか?
そう思うようになってきたのである。
最初は気軽に「アル中克服のため」の記録のように始めたブログだが、なんとか?週一(最近は暑くって二週一になっているが)休肝日のクセもついてきた。
そして、主題をトレーニングやダイエットに移していったが、これも途中2回もギックリ腰になりながらも、なんとか復活させてきている。
悩んだり、考え込んだりしていても、ただふさぎこんでいるだけではなくなっているように思う(ちょっと甘いかな?)
大した努力じゃないが、諦めてはいないんじゃないかな?
そんな継続のキッカケに、けっこうこのブログは役立っているんじゃないだろうか?
たまに来訪者がおみえになるようだが、ほとんどゼロと言ってよい閲覧者であり、私も秘密裏にはしていないが、やっぱり知られては恥ずかしいことも多いので、これで良いと思っている。
そんなブログの使い方は間違いなのかな?
いや、気持ちを吐露し、それをまた自分で考え直すことで、新たな考え方なり、生き方が見つかれば、充分に「自分の役に立つ」のではなかろうか?
すれば、それは自分の家族や友人らにも「役立つこと」になるんじゃなかろうか?
そう考え、本ブログの題名を「自問自答」と改題し、「内なる私」とお話をする機会にしていきたい。
それはやっぱり「前向きに生きていきたい」からだ。
また「前向きに生きている」と自分で納得したいからだ。

こんなどこの馬の骨かわからん中年の気持ちを見せ付けられる人々はどうみても愉快な気持ちにはならないだろう。
が、これはあくまでも私のための作業であって、間違ってこのブログに行き着いた人はさっと閉じてもらえば良い。
いや、そんなことに言及するまでもなく、こんなブログがあること自体おそらく気がつかれないので、見過ごしていただければよい。
ただただ私自身が毎日充実した10年間にするために自分自身に語りかけることも悪いことじゃあないだろうと思って始めるだけのことなのだから・・・

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お悩みブログ

悩みを吐露するブログなんて、それこそ「暗く」って誰も見向きもしないだろう。
私だって人のブログを読むときは、「楽しい気分」にさせてくれるものの方が良い。
が、このブログは私のために書いている。
私が死なないために、
私が狂わないために、
私が後悔しないために、
おまけを言うなら、私が充実するために、
そして、一つでも楽しい思い出を増やすために・・・

気がついたら50年近くも生きてきた。
まだまだ未熟だし、知らないことだらけだが、それでもたくさんの後悔や失敗を繰り返してきた。
その上で、やっぱり毎日はできれば楽しい方がいい。
できれば充実している方がいい。
それはアル意味楽な選択ではないのかもしれない。
でも、ちょっとの努力で、ちょっとの工夫で、
変わることがあるのなら、それに気がついてみたいし、それぐらいは惜しまずやってみたい。
ただ、日頃正直ゆっくり考える時間などない。
じっくり悩んでる暇もない。
だから、悩んでいる悩んでいるというものの、実はしっかり考える時間もなく悩んでいるわけで、そりゃ答えもなかなか見つからないさ、という状態が多いのだと思う。

それを挽回することはこの近代社会じゃ難しかろうが、一日一分ぐらい考えたり、一つ何かを工夫することぐらいはできるのじゃないだろうか?
そのきっかけをこのブログに吐露することで、「はじめの一歩」が進むんじゃなかろか、そう考えているのである。

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目標は60歳

たかだか一人の庶民が大袈裟な人生観をと思われるかもしれないが、望みは何も大袈裟なものではない。
毎日穏やかに楽しく小さな思い出でも良いから一つずつ授かれば・・・
それだけなのである。
楽しいことは趣味や快楽の追求ばかりでないことも少しはわかりかけてきた。
だから趣味に没頭することが本当の充実感でもないと思う。
もちろん仕事や金ばかりでもまたない。
自分でも、何が大切なのかわかりゃしないこともたくさんある。

でも、まあ、いつの年齢もそうなのかもしれないが、今度こそ「取り返せない10年」であるような気がするのだ。
いや、ヘタすりゃこの間に死んでしまう知人も増えるであろうし(つまりはお会いしたことが最後の機会になること)、自分自身の命だってそうならんとも限らない。
早くから老け込むつもりもないが、60歳になっちゃあ可能なことも不可能なことも今よりもっとはっきりしてくる。
いくらやる気があったところで「無理なものは無理」なのだ。
別にその境を「60歳」と決め込むこともなかろうが、いろいろ考えると、一応定年が60歳となっているように、うまく考えられた節目のように思えるのである。

「人生を考える」などと言うと「辛気臭い」と思われるだろうが、もう充分に辛気臭い歳なのである。
悩みなんかこれっぽっちも無いさ、毎日バリバリやるぜ!と無理して明るく振舞ったところで、どのみち誰も相手にはしてくれない。
それならば、人生をより深きものにしようとするわけでもないが、本当にうまく行かないのである。色々なことが若い頃に思っていたほどうまくいかなかったのである。
自分のカラダですら思うようにいかなくなってきているのである。
すれば「面白くない」」わけで、その不満を解消したいのだ。
納得したいと言った方がいいのかもしれない。
「そんなこと普通は考えんぜ」「そんな暇はないぜ」という人のが多いのかもしれない。
が、心療内科は超満員で待ち時間だらけ、科学的には信じがたいスピリチュアル番組は高視聴率、悩み相談や占いはすたることを知らないかのようだ。
みんな「答え」を求めているんじゃないだろうか?
その求め方に違いはあれど、私と同じように答えを求めているんじゃないだろうか?
だから、私が答えを見つけようとする姿勢や希望は誤ってはいないのだと思う。
ただ、私は自分で考えてみたい。
人に相談したくないわけではないが、自分のことなので、自分で考えてみたい。
悩みに悩み、考えに考えてみれば、素人なりに何かわかるかもしれない。
何かに気がつくかもしれない。
迷っていたことに納得できるかもしれない。
だから、とりあえずのところは自分で考えたいのだ。
つまり、それは悩みに悩み考えに考えることになりゃしないかということなのだ。
さらに言うなら、今後の10年はまた「自問自答」を繰り返しながら、また、新たな答えを見つけながら、毎日過ごしていくんじゃないか?と思えてきているのである。

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あと10年

こうしていろいろとグダグダ書いてはいるが、それは反面これまでにまともに自分の人生を考えたことが無く、ある意味悩んだり、考えたりしたことが無かったからだ。
いや、人並みに悩んだり、深刻になったりしてきたように思われることはあるが、それらは「よく考えた」のではなく、「思い通りにいかなくてクヨクヨしていた」だけであったこともわかってきた。
まあ、本当の赤ん坊のわがままのようなものだ。
だから、悩んでいたようにみえても、結局何のアクションも起さなかったし、努力などしなかった。
それが変わったのは40を目前した頃だ。
いわゆる「力の衰え」をはっきりを実感したからこそ、努力や工夫なくしては、もう後退しかありえないと自分でも観念したのかもしれない。
それから9年になる。
それまでほとんどといって努力のなかった私が、ジョギングをしたり、資格試験の勉強をしたり、ボランティアに励んだりと、それまでになかった行動に走った。
本来の一番の悩みである仕事やお金にもっとダイレクトな努力をすれば良さそうなものだが、才能が無いのかそれはできなかった。
そして、いろいろとやり、続けていることもあるが、残念なことに謙遜するわけでもなく、成果といえるほどのものはハッキリ言って虚しいぐらい何もない。
ダイエットすら80%ほどリバウンドしてしまった。
でも、それまでとは違う何かしらの感触はある。ちょっとだけだが頑張っているというカンジか?ちょっとだけだが考えたという工夫か?ちょっとだけだが我慢してみたことか?
なんだか説明つかないが、正直40歳までよりうんと大変で楽しいことも少ない毎日であり、それまでよりもっともっと思うようにいかなくなっているのに、タダタダあがいているだけのようなのに
とりあえずあっという間に9年過ぎたのか?という感想である。
充実感なんかとんでもない。なんか深刻に考えたらぐったり来てしまいそうだ。
でも、振り返ると自分の人生の中では珍しくちょっと頑張った期間のような気がするのだ。

しかし、気が付けばそれと同じぐらいの期間しか、60歳までに残していない年齢となった。
カラダは40歳を前にした頃より、より衰えを実感する。
当たり前だが、今度は50歳を前にしているからだ。
今までの10年と同じ期間であっても同じ努力で同じ程度に過ごせると思うのは間違いだろう。
そういったあせりのようなものがあって、最近もちょっと無理をしたら「ぎっくり腰」だ。
変な話「努力さえ」できない歳だ。
がっくり来てしまう。
が、それはよく考えるまでもなく自然のことであり、後悔したってしかたのないことなので、しょうがない。
だから、これからの10年が楽なはずはなかろうが、やっぱり充実して楽しいものにはしたい。
悩んでいるだけで過ぎてしまった10年にはしたくない。
難しいが大切な10年だと思う。

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