自然界では競争を厳しいなんて思わない
私のお世話になったお医者さんは不出来ではなかった。
むしろ「なるほど」というアイデアをたくさんいただいた。
しかし・・・心の病は手術をするわけではないので、「相談」で治ることは無かった。
そうではない患者さんももちろん居られるとは思うし、ひょっとしたら私程度は「患者」の部類に入っていなかったかもしれないが、医者に通って話を聞いてもらうだけで治るということ自体に信用できないものがあった。
ある意味性分通り、やっぱり他の人をあまり「信用していない」のかもしれない。
というか、納得できる仕組みでなければ信用ができないのだろう。
ものすごく猜疑心が強く慎重なのかもしれない。
通うことにも慣れ、その割には効果を感じられないと・・・「悩みとどう向き合うか?」のヒントのようなことはお医者さんに与えてもらえたとしても、それをどう取り入れていくか、どう対処していくかは、薬ではなく、結局は自分の行動にかかっているんじゃないか?と思い始めた。
自分では行動する気になれないから「心の病」などと言うのだろうが、じゃあ、同じ「病気」であっても、癌になり余命が3ヶ月と言われても、生きようとして頑張って3年も5年も生き延びられる人も居るのは、やっぱり自分にかかっている部分が大きいのではないのだろうか?
私には余命が宣告されるような癌だったり、身体が不自由な病気と、「心の病」が対等には思えないのだが、それでも同じ病気とするならば、癌や身体の不自由ささえも自分で乗り越えなければ生きられないとするなら、心の病とて、結局は自分でなんとかするしかないんじゃあないのだろうか?
心の病で苦しんでおられる方には非常に厳しい言い方かもしれないが、人間だけでなく、生き物なんて、もともと自分で生きようとしなければ、生きていけるわけがないモノじゃないのだろうか?
自然界にとっては人間の心なんて屁理屈のようなものであって、なんとしてもメシを確保しメシを食う、その競争に勝てない生き物が絶えていくのが自然である。
それは人間以外の生き物にとっては「厳しい世界」ではなく、当たり前の世界だ。
ならば、半分は自然界の生き物の人間とて、そこに身をおいているわけであって、頑張れと言われるのが一番つらかろうが、頑張っていくしか方法はないのではなかろうか?
鬱の治療では「頑張れ!」というのが一番よくないと聞いた。
もうこれ以上頑張れないから鬱になっているのであり、その痛んだ心をさらに踏みつけるダメージを与えるからだと・・・
専門医の言われることなので、たしかにそうなのだろう。
が、「もう頑張らなくてもいい」のだったら、毎日何やって暮らしていくんだ?
どう見ても人生楽なことや楽しいことばかりではないのに・・・
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