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2008年7月

歳相応、分相応(2)

それでも、これまではこういった事態に諦めずに挑戦してきたと思う。
いや、今後もそうしていくつもりだが、少なくとも今までのやり方は通用しないカラダになりつつあると感じるのだ。
なっているといった方が正確か?

週に一度ストレッチングをするのだが、いつしか気が付いたら開脚で顔もつかない。
よく見直してみると、全部硬くなっている。
普通はやっていたら柔らかくなる。
少なくとも39歳からトレーニングを始めてカラダの機能はしばらくは向上し続けた。
ん?でも、それもそういや2,3年の間で、その後はなんとか下降気味の水平線。
3年前にもギックリ腰をやったから、やっぱり「来ている」のである。

これは何をどう考えても仕方のないことだ。
それぐらいはわかっている。
人間も生物であり、やがては死ぬ。
かつては50歳でも老衰したぐらいの生物なので、まったく不思議のない現象だ。

それは仕方がないし、悩むことでもない。
ただ、なら「今までと同じ方法」はちょっとマズいかな?知恵が無いかな?と思うのだ。
通常のトレーニングというものは、どんどん目標値を上げていく、それが鍛えるということであり、効果を高める秘訣でもあろう。
でも、そういうことにちょっと細胞としては無理がある時期となったようなのだ。
このところの2、3年を経て、ようやく確信したといったところだろうか?
面白くはないが、仕方のないことである。
そして、今すぐどうしようというアイデアもないから、よく言う「カラダと相談」ということになるのだろうか?

私の最も苦手な分野である。
「カラダと相談」
なんだか、相談の結果いつでも諦め、いつでも逃げられそうな方法である。
ものすごく便利な言い訳に使いやすい。
なので、嫌ってもきたことだ。
でも、そのせいで、けっこうケガや病気をひどくした経験も多い。
いわゆる「無謀」というやつだ。
多分、今後はそう簡単にもう「大怪我はできないよ」という神の思し召しなのだろう。
そう思うことにして、「カラダと相談」できる方法を見つけていきたい。

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歳相応、分相応(1)

早くから諦めたくはないし、いくつになっても挑戦することは大事だと思う。
また、小さい頃から「諦めるな」としつけられたのだろうか?どちらかといえば、かなり無理だと思われることにも諦めずに挑戦してきた方だと自分では思う。
能力も無いし、性格も悪いし、度胸もないが、それだけは、人並み以上にやってきたような気がする。
特に運動関係じゃあ・・・

ゆえに、まあメタボ体質と言いながらも、年齢48歳で、身長171.5cm、体重69kgを維持しているし、割と筋力もある。
10kmぐらいならいつでも走れる。
しかし、諦めたくはないが、「違うな」と今年は痛感することが多い。
2回もやってしまった「ギックリ腰」のせいばかりではない。
ジョギングもたまにはスピードを出してみようと思っても、「加速しな」かったり。
運動の習慣があるくせに、階段の上り下りが妙にえらかったり、特に下半身の体力に顕著だ。
通勤をはじめ外出は「自家用車」がほとんどであり、いっくら運動をしているとはいえ、公共交通機関を利用されている方々に比べたら、下半身の使用は少ないのだとは思っている。
しかしながら、そんな生活は今に始まったことじゃない。
なのに、今年痛感することは非常に多い。

こんなことには当然「個人差」はあると思っている。
ひょっとしたら平均としては40歳で感じることかもしれないし、50歳で感じることかもしれないが、いずれにしろ、人と同じはずはない。
私には「今」何か変化のときが来ているようである。
そういや半年ほど前に四十肩には遅すぎるし、五十肩には早すぎる、肩痛にしばらく悩まされた。
今から考えるなら、まさしくその類で、ようは老化はきっちりと進んでいるのだ。

こういうことを言うとプールでお会いするような年金生活のおじいさんたちに、「何を言っとんのだその若さで」と言われたりして、「そうだよなー。」と以前は思っていたのだが、
よーく考えると「ちょっと待ったれや」ということになる。
水中ウォーキングをして、途中ちょこちょこっと泳ぐことが「えらい」と言っているわけじゃない。
クロールから背泳まで混ぜて1000m以上泳ぐことが「えらい」と言っているのであり、その「えらさ」を彼らは知るよしもないのだ。
波乗りもそう。
今年は本当にえらいのだが、それでも、ひょっとしたら、そのポイントに入っているメンバーの中じゃあ、けっこう乗っている方じゃないだろうか?
つまり同じ時間入っていても夏季限定の初心者の方たちに比べたら、相当にパドルをし、運動しているのではないだろうか?

自分のやってきたことに関して自分がえらく感じるようになったということで、やっぱり人にはわからない感覚なのかもしれない。

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楽観的に考えたいが

こんな時代背景なので、毎日を楽観的に過ごせる、少なくとも今の日本じゃあそういう時代は終わったように思います。
暗くふさぎこんでもうまくいかないでしょうが、ただただお気楽に、というのはもう通用しないように思います。
いや、以前の私はそれに近かったのですが、さすがにこの私でさえ悩むようになったのは、自分の年齢のせいばかりでなく、日本という国全体がそんな流れにあるということも大きく影響しているように思います。
誰しも早くに「楽になりたい」のは山々でしょうが、中高生や大学生ならいざ知らず、小学生ですら大変そうな人が今はけっこう居ます。
大人が「お気楽で居れるほど」甘い時代背景にはないようです。
下り坂を足元をたしかめつつ、しっかりと、というのでしょうか、それが良い方方なのかなあ?と考えたりしています。
もちろん、それでも踏みはずしてしまうこともありましょうが、そこまで考えたら何もできません。
仕方のない運命もまたあると思います。
全体的に下っていますから、良い状態ではありませんが、時代の流れは誰かのせいにできるほど単純ではありませんので、ある意味これこそ仕方のないところです。

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そもそも自分の年齢自体が下り坂です

今や「60歳からでも」とか「年齢なんんか関係ありません」と言う人が大勢居る中ネガティブだなぁと思われるかもしれませんが、相当努力しても20歳時の体力を50歳にしてキープしている人は皆無でしょう。
それに近づく努力はできるのかもしれませんが、人間も自然の生き物ですので、自然の摂理に逆らって生きられるはずはありません。
「いつまでたっても若者」と鼓舞することも意味はあるのでしょうが、「いつまで」というのは大袈裟で大抵の場合「100」も超えれば死んでいるのが普通です。
そりゃスズムシやカマキリと同じ生き物ですから、セミのように7日間で無いだけマシというものでしょう。
だから50歳は「下り坂」に当然あります。
それを意識の上で「上り坂」に変えるのは自由ですが、「真実」は「真実」であり、それが現実だと思います。
日本だけでなく、私自身も「下り坂」にあるわけです。

こんな世の中ですから、そうそう浮かれて遊んでばかりはいられません。
人との交遊も少なくなりました。
家族は大切にしていますが、それでも子供らは育っていけば、寂しいことですが普通は親離れしていきます。
親の世代の知り合いはだんだん死んでいきます。
哀しいけど、それが歳の順です。
楽しいことより、つらいこと、寂しいこと、のが多くなってきたように思います。
もちろん、それにメゲずに楽しく生きていかねば、とは思っていますが、現実そうであることは仕方のないことです。
自分を中心とした人間関係を考えるなら、そういう年齢になったということだけです。

が、これはみんな一緒です。
同じように歳を食うわけです。
寿命は違うかもしれませんが、同じ一年、同じ一秒を経験しながら、40歳になり、50歳になり、60歳になっていくのですから、歳をとれば誰しもが体験していくことです。
仮に一人だけいつまでも幼稚園児と仲良く若いつもりで遊んでいても、最後は自分が死んでしまいます。

50歳は50歳だということです。
仮に青春時代を思い出し、若い気持ちになることはできますが、若返ることはできません。
気持ちが大切というのもわかりますが、「ごまかせないもの」を知ることは悪い下り方じゃないように思います。

私が人生の面白いところを上げるとすれば、「やり直しのきかないところ」だと思います。
若い頃の後悔をリベンジするために晩年再チャレンジすることもあろうと思うのですが、それは若い頃の時とはまったくと言っていいほど違った挑戦になっているはずだと思います。
400mトラックに人生をかぶらせてみるとわかりやすいのですが、「第一コーナーで失敗したから・・」と第二コーナーで気をつけることはできても、第一コーナーのやり直しはきかないということです。
そして、もっと言うなら、50歳というのは、全てのコーナーを終えたか?最終コーナーあたりじゃないか?と思うのです。
その違いは、人それぞれの寿命や人生が違うから、50歳が全員同じ位置とも思いません。
でも、トラックで見れば最終段階でラストスパートのようにも見えますが、山登りでいえば、やっぱり下り坂であり、
ラストスパートで下り坂なので、理不尽であり、矛盾の多い、厳しい時期なのかな?と思います。

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下り方

でも、「下り方」って案外難しいんじゃないかと思う。
これは実際そうなのだが、山道とて登っていく際はキツくってなかなか思うように登らないこともあるのだが、登ろうとしていれば下がりはしない。
しかしながら、下るのはともすると「加速して」しまう。
油断しても「加速して」しまう。
非常にやっかいだ。
また、登る時の目標は大体頂上であり、見つけやすいし、わかりやすい。
が、下るのはどこに下って良いのか、どれぐらいで下ったらよいのか、実に様々な選択肢があり、非常に難しい作業のように思われるのだ。
私の仕事だけでなく、現在の日本がなかなかうまくいかないのは、そのためじゃないか?と思ったりする。
また、「登る操縦」を得意とする人は多いが、「下る操縦」は今の日本の歴史からすると、現存する人じゃあ体験した人が皆無であって、お手本になるものが無いという気もする。
つまり、時代に合わせてうまく生きようとするなら、「下り坂を上手にコントロールしながら生きていける人」にならねば、あるいは「なったほうが」良いんじゃないのか?
という気がするのである。
ちなみに、「いや、すぐにまた上り坂の時代が来るさ」ということで、私の見識が間違っていれば、それはそれで喜ばしいし、ラッキーなことです。
あんまりその確率は無いように思えて仕方ないのですが・・・

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下り坂の運命

「自分の運命を受け止める」と書いたが、じゃあ自分の運命は何だとおぼろげながらに想像してみると、今後の自分の運命は「下り坂を下りる運命」であるように思えてくる。
もちろん、相当に嬉しいことじゃない。
バブルの再燃など無いに決まっているとは思っているが、それでも多少は景気も良くなり経済的にも楽な暮らしがしたい。
いや、実際不景気と言われつつも、けっこうリッチな暮らしをしている人も居て、それは正直「羨ましく」も思うからだ。
でも、冷静に考えてみるとやっぱり「下り坂」であるように思える。
人のせいにするわけじゃないが、そもそも住んでいる日本がそうじゃないかと思う。
少子高齢化社会、財政破綻の例に収まらず、この国はもう頂点を過ぎているように思える。
いや、残念だが、そう考えると見事なほど、今起きている現象に説明がつく。
地球上に人類が登場して以来、様々な国が栄枯盛衰を繰り返してきたが、「永久」だった国は一つもない。
かつて歴史上で「大国」だった国が、今の新興国だったり、老国よばわりされているのを見ていてもわかる。
言い換えれば「上る時あれば沈むときあれ」だろう。
このあたりの言い回しは平家物語が見事なのは有名で、私もつくづくそう思う。
いや、歴史を振り返れば「何代にもわたる長ーーい下り坂」なんかいっくらでもあって、決して珍しいことじゃない。
というか、日本の今の状態でさらに上昇していくなら、むしろその方が怖いことは多いような気もする。

そんな国の中に私の仕事もあり、家族もあり、もちろん私自身もいる。
全体がそうなのに、「私」に関することだけ逆行するなら、そりゃかなりの無理が必要だろう。
いや、もちろん無理を承知で努力しなきゃならんことはいっぱいあるが、本当に無理な願いは「堂々巡り」となり、それこそ精神に支障をきたしてしまう。
実際私はそれほどタフではないと思っているし、現在「鬱」がものすごい社会のテーマとなっているのは、やっぱりそれを感じていたり、苦しい思いをしている人が多い証だろうと思うのだ。
だから、私だけでなく、時代がやっぱりそうなのかなと思うのだ。
とすれば、そんな中で「上ろう」とするよりは、時代の流れとともに「下る方がスムーズじゃなかろうか?」と考えてはいかがかな?と思い始めているのである。

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運命を受け入れる

そう思うと運命を受け入れることはとても大事な作業のように思う。
いや、別に受け入れなくともよいのかもしれないが、そうなると、理不尽なこと、納得のいかないこと、努力が無駄になること、そういったことへの説明がつかなくなる。
まあ、「それならそれでいいさ」とサバサバしていられれば良いのだが、「せっかく一生懸命やったのに」「ここまで頑張ったのに」となると猛烈な後悔になるのは間違いない。
つまりは努力や工夫に「恨み」が残る。
これは精神衛生上も健康的ではないし、何しろ自分の気持ちに怒りや哀しみが大きくなって、その後頑張る活力が失われていくんじゃないだろうか?
変な話、どっかで諦めをつけるからまた「頑張れる」わけで、同じところをぐるぐると回っていたらば、いつかは疲れ果てて死んでしまうように思う。
恋愛なんか分かりやすい例になるのかもしれない。
どんだけ努力したところで、かえって引かれたり、興ざめされる例は後を絶たない。
それでも気持ちを伝えようと努力し続ければ、最近じゃあ「ストーカー」などと言われ、下手すりゃ犯罪者になってしまう。
「ご縁の無い運命」と早く諦めた方が「次なる出会い」が早まるのは言うまでもない。
こんなことは別に恋愛だけでなく、仕事や、友人関係、家族・・・どんなことにもあるだろう。
かといって、何でもかんでも早く見切りを付けた方が良いというわけでももちろんない。
1回でできないことも1000回だから出来るようになることもたくさんある。
ただ、簡単にあきらめるのではなく、自分が納得いくまでやりこんでもダメな場合に自分を納得するのには「運命」としか言いようのないものはあると思うし、そうでなければ納得できない事象は多すぎる。
よって「これが運命なんだ」と受け入れるところから実はスタートの切れることは多く、つまりそう受け入れるためには、その前に散々悩んでおくことが遠回りのようで、結局通らねばならない道であるように最近は思う。

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自分の運命

ちょっと宗教チックな話になってしまうかもしれないが、最近はこの運命ということに行き着くことが多い。
自分ばかりでなく、他人もそうだ。
簡単な話、ものすごく優秀で性格も行いも善い人が突然犯罪に巻き込まれたり、交通事故で死ぬことが現に起きている。
今まで積んできた善行や努力なんか長生きには全く関係ないと思わされる瞬間だ。
反対はあんまり考えたくないが、ものすごくズルい悪徳商人が大金持ちになりのうのうと長生きしている。これも実際多々ある。
そういうヤツこそ「刺されりゃいいのに」「はねられればいいのに」と思うが、頑丈な車に警護付きで居るので、なかなか命を落とさない。
これは別に資本主義でなくてもある理不尽さだと思う。
ただ、こういった例を見るまでもなく、自分では決められない結末や自分の努力では変えられないものがあるのは事実だろう。
それは「運命」と呼ばれている。
生死という人間の存在の根本に関わる問題にすら、それは大きく影響するのだから、ささいなことから言ったら、もうそりゃあ人生「運命」だらけなのだといえる。
いや、もちろん「運」だけなどと幼稚な結論を言うつもりはない、日頃の努力や注意で避けられることもたくさんあろう。
病気への対処などそれがけっこう大きい。
「世の中なんか所詮運・不運が大きい」と自分の不勉強を棚に上げる輩も居るが、猛勉強していたら、やっぱり良くも悪くも違った人生があったのかもしれない。
しかしながら、勉強してこなかったことも、誰かを好きになったことも、何かに熱中したことも、ものすごく偶然の産物なのだと思う。
まずは何かにつけて、人との出会いがキッカケになることが多いのだが、中国ではないにしろ、1億人も住む日本で出会うことだけでもそりゃ「運命」だ。

で、私とていくつもの出会いを経て、今があるわけで、誰も居ない無人の島で50年生きてきたわけじゃない。
つまりは自分の運命だけでなく、人の運命と自分の運命が絡み合い、もっと大袈裟に言うなら、すべての事象が絡み合ってきたから、「今」という結果が目の前にあるわけで、それを今更どうのこうのと言ったところでおそらく「変えられなかった」ことなのだ。
これを
「あるべき姿として受け入れること」と悩み解消本などでは書かれているが、頭じゃ理解できても、そうは簡単にいかないわね。
だって実際悩みが消えてないのだから。
でも、決められているのか?決まっているのか知らないが、自分の力じゃどうしようもないことは必ずあり、それを運命というのであれば、やっぱり運命には逆らえないと思うのであります。

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悩めば悩むほど

そもそもそう思って人生を考えたことなどないし、
違った方法でも「人生」を考えたこと自体がない。
学生の頃、先生に「人生論を読め」と言われ、何冊か読んでみたが、何も心は反応しなかったし、多分深い意味が私には理解できなかったのだと思う。
でも、そこまではっきりした勉強方でなくとも、この9年ほど、それまでに比べてたくさん悩み、たくさん苦しみ、ちょっと努力してみたらどうだったろう?
いいことばかりじゃなかったが、決して悪い人生でもないと思えることも多かったんじゃなかろうか?
いや、むしろそれ以前にもこういった考え方ができていれば、いろいろと違った人生だったんじゃないだろうか?と思うのだ。
それは世間でものすごくオーソドックスに言われる
「悩めば悩むほど」
というところだ。
悩んでいる時間が楽しいわけないし、苦しいし、問題が大きかったり深刻だったりすると、体調だって崩してしまう。
今までにもそういうことは決して少なくなかった。いろんな意味で危険でもある。
もちろん、悩まなかった人生もそれが運命であり、その後悔あって今に至るわけだから無縁じゃない。
それはそれで良いのだろう。
が、これもまたよく言われるように、大きく悩んだり、たくさん苦労したから成功するものではないが、すくなくともそうすればするほど「小さな成功」や「小さな喜び」にものすごく感謝したり、感動したりできるようになるというのはあるだろう。
「悩んだ分だけ喜びもある」などと言われるが、やっぱり悩みはムダにはならないと思う。

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10年のその後

60歳や65歳からでは「人生は終わっている」と思っているわけではない。
60歳以後にも60歳以後の人生があるだろうし、楽しみだってあると思う。
ただ、今から想像できないし、想像できないことを計画する必要もなかろうと思うのだ。
そんな先のことより今日のこと。
しいて言うならこの先10年というのは、「この先の10年のために」というだけで、やることは「今日や明日」といった手近なことになるのだと思う。
それは私に将来を見通す見識もないし、予感する力もないし、計画できる力もないから、できることは、散々悩んで考えて「今日どうするの?」「明日どうするの?」ぐらいしかできないだろうと思うからである。
それじゃこの厳しい現代を生き残れないとお叱りを受けるかもしれないが、サンマが猫にはなれないように、できないものはできないと考えて対処しなきゃ仕方のないことはいっぱいあると思うのだ。
次いで言うなら今日明日でさえ、こんなものなのだ。
だから、さらにその先までは考えられないし、考える必要もないと思っている。考えたところで多分大きく間違っている。
今までもそうだったから。
できうる範囲は今後の10年を考えて今日、明日を一生懸命とまではいかなくとも、まあ、マジメに生きることなのだろうか?
そうすれば10年はきっと良い人生になる。すればその後の10年もよい人生になるのではなかろうか?

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なんで10年なのか?

私はこらえ性がない。
「わかっているなら直せ」と言われるかもしれないが、とりあえず今までも今もそうだ。
なので、「死ぬまで」なんて約束は自信が持てない。
「死ぬまで勉強」とか言う立派な人が居るが、それだけで十分に鬱になれる。
なので、年限を区切りたい。
それが60歳だ。
本当は11年強あるのだが、ふんぎりつけやすく省略してしまえば10年だ

あと10年である。
そしたら一応ゴールと思っている。
これまで50年近く生きてきての残りの10年だから、400mトラックなら完全に直線で、もうコーナーはない。
良くも悪くも完全に順位や視界の見えた直線を「わずかに」残すのみである。
ここで逆転するのは至難のワザで、不可能に近いだろう。
かといって、ここで力を抜けばあっさりと抜かれてしまうだろう。
また、力以上に無理をしたら、転倒どころか、骨折退場となり、ゴールには永久に届かなくなってしまうかもしれない。
今回のギックリ腰なんか危ないものだった。
でも、この直線をもう少し頑張ればゴールできると思うと少しは頑張れる。
死ぬまで頑張れと言われると「鬱」になるのだが、あと10年なら頑張れそうに思ったから、60歳をゴールにしてみようか?と思ったわけである。
一応普通のサラリーマンなら厚生年金を納める「定年」でもある。
残念ながら支給は65歳からとなってしまったが、それだとゴールは15年先になる。
15年も頑張れるのか?また、この変化の激しい世の中で15年を想像できるのかと言われるとこれも難しい。
10年でさえ、難しいと思っているから、10年が限界でもある。
なので、そこからの5年は今のところ「余力」で行くしかないので、その余力の分まで、あと10年で頑張らないといけないとも思っている。

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自分に正直に語りかける時間

かつての青春ドラマの主人公よろしく、くよくよせずに明朗快活に生きられたら、サワヤカだろうし、格好よかろうと、思う。
今の年齢であっても頼りがいのあるダンディな中年に思われるのは羨ましい。
なので、ジクジク悩んだり、人に相談したりすることは、恥ずかしく格好悪いことだと、今でも思う。
でも、格好つけてももう格好よくない歳であり、人相であり、スタイルになっていた。
この様で格好良いとは、頼んでもどうせ誰も思ってくれない。
なら、もうちょっと楽にというか素直にというか、正直な自分を出す場面があってもよかろうもんじゃなかろうか?
いやさ、他人にゃまだまだそこまで恥ずかしくって開き直れないとしても、自分に向いては正直であって良いんじゃないのか?その方が楽じゃないのか?
そう思うようになってきたのである。
最初は気軽に「アル中克服のため」の記録のように始めたブログだが、なんとか?週一(最近は暑くって二週一になっているが)休肝日のクセもついてきた。
そして、主題をトレーニングやダイエットに移していったが、これも途中2回もギックリ腰になりながらも、なんとか復活させてきている。
悩んだり、考え込んだりしていても、ただふさぎこんでいるだけではなくなっているように思う(ちょっと甘いかな?)
大した努力じゃないが、諦めてはいないんじゃないかな?
そんな継続のキッカケに、けっこうこのブログは役立っているんじゃないだろうか?
たまに来訪者がおみえになるようだが、ほとんどゼロと言ってよい閲覧者であり、私も秘密裏にはしていないが、やっぱり知られては恥ずかしいことも多いので、これで良いと思っている。
そんなブログの使い方は間違いなのかな?
いや、気持ちを吐露し、それをまた自分で考え直すことで、新たな考え方なり、生き方が見つかれば、充分に「自分の役に立つ」のではなかろうか?
すれば、それは自分の家族や友人らにも「役立つこと」になるんじゃなかろうか?
そう考え、本ブログの題名を「自問自答」と改題し、「内なる私」とお話をする機会にしていきたい。
それはやっぱり「前向きに生きていきたい」からだ。
また「前向きに生きている」と自分で納得したいからだ。

こんなどこの馬の骨かわからん中年の気持ちを見せ付けられる人々はどうみても愉快な気持ちにはならないだろう。
が、これはあくまでも私のための作業であって、間違ってこのブログに行き着いた人はさっと閉じてもらえば良い。
いや、そんなことに言及するまでもなく、こんなブログがあること自体おそらく気がつかれないので、見過ごしていただければよい。
ただただ私自身が毎日充実した10年間にするために自分自身に語りかけることも悪いことじゃあないだろうと思って始めるだけのことなのだから・・・

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お悩みブログ

悩みを吐露するブログなんて、それこそ「暗く」って誰も見向きもしないだろう。
私だって人のブログを読むときは、「楽しい気分」にさせてくれるものの方が良い。
が、このブログは私のために書いている。
私が死なないために、
私が狂わないために、
私が後悔しないために、
おまけを言うなら、私が充実するために、
そして、一つでも楽しい思い出を増やすために・・・

気がついたら50年近くも生きてきた。
まだまだ未熟だし、知らないことだらけだが、それでもたくさんの後悔や失敗を繰り返してきた。
その上で、やっぱり毎日はできれば楽しい方がいい。
できれば充実している方がいい。
それはアル意味楽な選択ではないのかもしれない。
でも、ちょっとの努力で、ちょっとの工夫で、
変わることがあるのなら、それに気がついてみたいし、それぐらいは惜しまずやってみたい。
ただ、日頃正直ゆっくり考える時間などない。
じっくり悩んでる暇もない。
だから、悩んでいる悩んでいるというものの、実はしっかり考える時間もなく悩んでいるわけで、そりゃ答えもなかなか見つからないさ、という状態が多いのだと思う。

それを挽回することはこの近代社会じゃ難しかろうが、一日一分ぐらい考えたり、一つ何かを工夫することぐらいはできるのじゃないだろうか?
そのきっかけをこのブログに吐露することで、「はじめの一歩」が進むんじゃなかろか、そう考えているのである。

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目標は60歳

たかだか一人の庶民が大袈裟な人生観をと思われるかもしれないが、望みは何も大袈裟なものではない。
毎日穏やかに楽しく小さな思い出でも良いから一つずつ授かれば・・・
それだけなのである。
楽しいことは趣味や快楽の追求ばかりでないことも少しはわかりかけてきた。
だから趣味に没頭することが本当の充実感でもないと思う。
もちろん仕事や金ばかりでもまたない。
自分でも、何が大切なのかわかりゃしないこともたくさんある。

でも、まあ、いつの年齢もそうなのかもしれないが、今度こそ「取り返せない10年」であるような気がするのだ。
いや、ヘタすりゃこの間に死んでしまう知人も増えるであろうし(つまりはお会いしたことが最後の機会になること)、自分自身の命だってそうならんとも限らない。
早くから老け込むつもりもないが、60歳になっちゃあ可能なことも不可能なことも今よりもっとはっきりしてくる。
いくらやる気があったところで「無理なものは無理」なのだ。
別にその境を「60歳」と決め込むこともなかろうが、いろいろ考えると、一応定年が60歳となっているように、うまく考えられた節目のように思えるのである。

「人生を考える」などと言うと「辛気臭い」と思われるだろうが、もう充分に辛気臭い歳なのである。
悩みなんかこれっぽっちも無いさ、毎日バリバリやるぜ!と無理して明るく振舞ったところで、どのみち誰も相手にはしてくれない。
それならば、人生をより深きものにしようとするわけでもないが、本当にうまく行かないのである。色々なことが若い頃に思っていたほどうまくいかなかったのである。
自分のカラダですら思うようにいかなくなってきているのである。
すれば「面白くない」」わけで、その不満を解消したいのだ。
納得したいと言った方がいいのかもしれない。
「そんなこと普通は考えんぜ」「そんな暇はないぜ」という人のが多いのかもしれない。
が、心療内科は超満員で待ち時間だらけ、科学的には信じがたいスピリチュアル番組は高視聴率、悩み相談や占いはすたることを知らないかのようだ。
みんな「答え」を求めているんじゃないだろうか?
その求め方に違いはあれど、私と同じように答えを求めているんじゃないだろうか?
だから、私が答えを見つけようとする姿勢や希望は誤ってはいないのだと思う。
ただ、私は自分で考えてみたい。
人に相談したくないわけではないが、自分のことなので、自分で考えてみたい。
悩みに悩み、考えに考えてみれば、素人なりに何かわかるかもしれない。
何かに気がつくかもしれない。
迷っていたことに納得できるかもしれない。
だから、とりあえずのところは自分で考えたいのだ。
つまり、それは悩みに悩み考えに考えることになりゃしないかということなのだ。
さらに言うなら、今後の10年はまた「自問自答」を繰り返しながら、また、新たな答えを見つけながら、毎日過ごしていくんじゃないか?と思えてきているのである。

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あと10年

こうしていろいろとグダグダ書いてはいるが、それは反面これまでにまともに自分の人生を考えたことが無く、ある意味悩んだり、考えたりしたことが無かったからだ。
いや、人並みに悩んだり、深刻になったりしてきたように思われることはあるが、それらは「よく考えた」のではなく、「思い通りにいかなくてクヨクヨしていた」だけであったこともわかってきた。
まあ、本当の赤ん坊のわがままのようなものだ。
だから、悩んでいたようにみえても、結局何のアクションも起さなかったし、努力などしなかった。
それが変わったのは40を目前した頃だ。
いわゆる「力の衰え」をはっきりを実感したからこそ、努力や工夫なくしては、もう後退しかありえないと自分でも観念したのかもしれない。
それから9年になる。
それまでほとんどといって努力のなかった私が、ジョギングをしたり、資格試験の勉強をしたり、ボランティアに励んだりと、それまでになかった行動に走った。
本来の一番の悩みである仕事やお金にもっとダイレクトな努力をすれば良さそうなものだが、才能が無いのかそれはできなかった。
そして、いろいろとやり、続けていることもあるが、残念なことに謙遜するわけでもなく、成果といえるほどのものはハッキリ言って虚しいぐらい何もない。
ダイエットすら80%ほどリバウンドしてしまった。
でも、それまでとは違う何かしらの感触はある。ちょっとだけだが頑張っているというカンジか?ちょっとだけだが考えたという工夫か?ちょっとだけだが我慢してみたことか?
なんだか説明つかないが、正直40歳までよりうんと大変で楽しいことも少ない毎日であり、それまでよりもっともっと思うようにいかなくなっているのに、タダタダあがいているだけのようなのに
とりあえずあっという間に9年過ぎたのか?という感想である。
充実感なんかとんでもない。なんか深刻に考えたらぐったり来てしまいそうだ。
でも、振り返ると自分の人生の中では珍しくちょっと頑張った期間のような気がするのだ。

しかし、気が付けばそれと同じぐらいの期間しか、60歳までに残していない年齢となった。
カラダは40歳を前にした頃より、より衰えを実感する。
当たり前だが、今度は50歳を前にしているからだ。
今までの10年と同じ期間であっても同じ努力で同じ程度に過ごせると思うのは間違いだろう。
そういったあせりのようなものがあって、最近もちょっと無理をしたら「ぎっくり腰」だ。
変な話「努力さえ」できない歳だ。
がっくり来てしまう。
が、それはよく考えるまでもなく自然のことであり、後悔したってしかたのないことなので、しょうがない。
だから、これからの10年が楽なはずはなかろうが、やっぱり充実して楽しいものにはしたい。
悩んでいるだけで過ぎてしまった10年にはしたくない。
難しいが大切な10年だと思う。

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うーん気持ちがいい

Ats 腰を遣ってしまってから20日以上になるが、まだ痛みは残る。
今年2回目だけあってくせになっているのかもしれない。
なので、本来要注意なのだ。
でも、何もかも気をつけながらの生活は、もう窮屈で窮屈で・・・
カラダが不自由な人には失礼かもしれないが、本当に大変なのだろうと思うほどだ。
そんな中おそるおそる波乗りに出かけてみた。
板が波に当たると衝撃が走ったりしたが、夢中で遊んでいる間は忘れることもできる。
そして終了。
なかなかの良い波であった。
もう少しサイズがとかコンディションがとか注文つけるなら色々あろうが、今の私には十分満足だ。
おまけに人も少なかった。
ただ、腰はよけいに痛くなった。

不思議なものである。
波乗りを始めてから30年近くになり、飽きてやめていた時期もあるし、惰性で続けていたことがほとんどなぐらいで、結して誉められた継続ではない。
やりがいどころか特別好きか?と聞かれても迷ってしまうほど、冷めているのかもしれない。
だから、本当に行かなくなったし、行かないなら行かないで悩むことも何一つない。
でも、こうして良いコンディションで思う存分やれると、そりゃあなんだか知らんが気持ちよい。
スッキリする。
帰り道には「明日も仕事がんばろうかな?」とか思ったりする。

私はけっこう不器用で気持ちの切り替えというものがなかなかできない。
仕事に向いてしまうと仕事。
子供の部活に向いてしまうと部活。
オールラウンドやバランスというものが無い。
やらねばならないことがあると「遊びは悪」「息抜きは悪」という考えが強くなり、熱くなって視野を失い煮詰まってしまうことが多々ある。
仕事は仕事、遊びは遊びと割り切りバランスよく過ごせる人がうらやましいのだが、わかっていてもなかなか自分ではできない。

波乗りもかつてはけっこう本格的にやっていた。
コンテストなんかにも出たりした。
だから余計に今は「遊んでいるだけ」だ。
上達もしたいが、本気では望めないとも思っている。
でも、こうして「ムダな遊び」に来てみると、予想外にスッキリする。
几帳面な私は効率を優先するあまり、白黒はっきりさせたがり、無駄なものは一切排除したがるが、
ムダな遊びで心が洗濯されるのかしら?
と思ったりした。
しっかし、携帯カメラの撮り方は依然ヘタで、めちゃピンボケ。

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30年前の私

私はけっこう気まじめな方なのだろう。
坂本竜馬ではないが、なんとなくそうインプットされたものがあると、「前向きでないと」いけないような気がしてしまう。
それとアルバムを見ないこととはそう関係がないようにも思うのだが、「過去を振り返る姿勢」とみなしてしまうのか無意識のうちにも自分の行動から除外していたのかもしれない。
もともと自分の顔に自信があるわけでもないし、好きでもないので、自分の写真を見たいというきっかけもない。
だから、過去を思い出すというのは自分の記憶にあることだけだったのだ。
それが事実と違う?
そんな思いにちょっと驚いている。

過去を振り返るな!と言いつつ、歴史の勉強は必要だという。
すでにそこに矛盾があるように思うのだが、言い方が違うのかもしれない。
過去にしがみつくのは良くないが、過去を十分に洗い出すことで、正確に認識し、自信を持ち、そこから人生の未来のヒントを得ることは大切なことだと何かの番組でもやっていたような気がする。
なるほど。
今の私はそりゃあ若い頃に成りたかった未来とは全く違う。
惨めな面やつらい面や哀しい面もありすぎるように自分では思う。
そして、そうなってしまったのは、若い頃をいい加減に過ごしてしまったせいだと思っていたのだが、写真で見る限り、たしかにいい加減そうだが、未来に後悔するような表情ではない。
それなりに満足して過ごせているように見える。
いわゆる「まんざらでもない」顔だ。
なら、私の若かった頃は「まんざらでもない」のではなかろうか?
そりゃあたしかに今の境遇からすれば、もうちょっと若い頃の過ごしようがあったとしか言いようがないのだが、それが若い頃の自分にわかっているなら、なんとかしていたかもしれない。
ようは「全く気がついていなかった」のであって、まあ、そんな程度なのだ、私は。
今となったから気がついてきただけのことで、そりゃあ過去に戻って後悔しても、過去の自分じゃ「わからないことだったから」しゃーないことなのだろう。
そう考えてみると、なんだか少しおかしくなってきた。
振り返る青春が30年も前になったから、初めて感じることができるような感覚なのだが、写真の中の私はなんだか他人のようだ。
その他人は、将来今の自分になることも全く予想せず、気にせず、はつらつとして遊んでいる。
はつらつとして笑っている。
そんな写真を見ていたら、後悔どころか、「これで良かったんじゃねーの」と思える私が出てきたりして、不思議な思いをさせられている。

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懐かしい写真

私は古い写真やアルバムを思い出して見るといった習慣がない。
一応ヨメさんが作ってくれているようだし、小さな頃のものはオフクロが作ってくれていたようで、あるにはあるのだが、滅多に見ることはない。
まずもって「そういえば」と見ることなどなかったと思う。
大体この忙しいご時勢多くの人がそうじゃないかと思うのだが、先日ふいに高校卒業した頃からの写真が出てきた。
ちょうど波乗りを始めた頃だ。

わ、若い。びっくりするほど若い。
当たり前だが、30年も前だ。
子供の年齢に近いのだ。
そして、やっぱりお金が無かったのだろう、服がいっつもみすぼらしい。

でも、なんだか無茶苦茶楽しそうなのだ。
無茶苦茶おもしろそうなのだ。

波乗りだけでなく、若い頃の時間の過ごし方を反省することが年々多い。
特に娘たちの部活動があまりにも熱心で情熱的なため、そんな時間を若い頃に体験しようとしなかった自分をついつい反省してしまう。
いや、その反省があって今一緒に参加できているのだから、それはそれで悪くはないと自分には言い聞かせているのだが、イメージする自分の若い頃は悶々とした目標のないものだ。
が、写真の中の私はずいぶんと楽しそうだ。
目標は無さそうだが、悶々としたものではない。
まあ、落ち込んでいる時なんかは写真に映らないのだろうが、それにしても見る写真見る写真なんだか生き生きとしている。
ん?今のがよっぽどか悶々としてやしないか?

たしかに日本一を目指すようなものは無かったし、毎日毎日何かに向かって努力を続けるということもなかったが、それなりに一日を楽しいものに、それなりに週末を楽しいものにしようとしていたんではないだろうか?
もう当時の心境は思い出せるものではないが、写真の中の私は妙に生き生きとして、少なくとも今現在私が想像している心境には到底見えない。
間違っても48歳になったら後悔するような生き方をしている表情じゃない。
思いっきり満足してそうだ。
なんだかとても不思議な思いがした。

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まだまだリハビリ

Jogc パソコン仕事、車の運転など、同じしゃがみ姿勢が続くと依然「固まって」しまうのだが、それでも姿勢はずいぶんと直立になってきた。
突然のしゃがみこみ、軽いジョグなど、はずむ際には腰にショックがはしるものの、激痛ではなくなった。
よって、体重も増加しつつあるので、ここらでトレーニングをば開始せねばと、ちょっとリハビリをステップアップしてみた。
が、さすがに腕立て、腹筋などの筋トレは「痛い」よって、体操のようにしかできなかったが、それぞれを痛みの出るまで、
そして、体操と軽いジョグとストレッチと、フルメニューではあるものの、おさわり程度で消化した。
翌日はそれでもカラダがパンパン。
非常になまっている。
さすがにちょっと腰に痛みはあるのだが、それでもひどくなるというカンジでもない。
当分は慣らし運転で、様子を見ながらじっくりじっくりと、
そして、それよりも早くまずはお酒をやめなければいけないのだろう。

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猛烈な汗

Onsen ウォーキング30分+ゆっくりジョギング20分+ウォーキング10分。
非常に気を使ったトレーニング初日だ。
そしてその後はスーパー銭湯で丹念に足のストレッチ。
でも、終わってみると足が痛いどころか、腰までも痛い。
パーンと張ってしまうギックリ腰特有のものではなく、シクシクと痛むのだが、無理をしてはいけないというサインなのだろう。
ジョギングの後半15分ぐらいから痛み出したのだが、カラダの振動に耐え切れないのか?
ま、それでもスゴい汗。
プールリハビリでは感じられないだけに、猛烈な汗が出てびっくりした。

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ゆっくりゆっくり

闘病生活と言ったら大袈裟だが、ギックリ腰になって不自由なカラダとなって12日たつ。
が、先週末にはプールリハビリも開始し、土日は「歩いているだけ」にしろ、子供たちの部活動のお手伝いにも参加し、少しずつ元の生活に戻ろうとしている。
の一方で、何もかも手加減して用心しながらやっているので、燃焼することがなく、ジブジブした気持ちは全て酒で紛らわすかのように毎日飲み続けている。
こっちの生活も元に戻していかねばならないのだが・・・。
まあ、あせるよりは良かろうとそんな自分にも目をつぶってきたわけだが、どうにも太りだしてきたようだ。
本日から陸上でのトレーニングもボチボチ再開させよう。
あくまでも無理せず、スローに、スローに。

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助走(4)

Zenkoku2 腰も痛いので、色々とやれないし、退屈なので、酒だけは飲んでいる。
2週間やめていない。
でも、まあそれまでは取り上げようと思ってはいない。
こんなときもありだろう。
風邪もひいているようだが、口内炎もできてしまった。
が、いつまでものんべんだらりと生活しているわけにはいかないので、ボチボチ復活に向けて助走をしようと思う。
いきなり復活しようとしないだけ、私にも学習能力があるのだろう。
痛い失敗は何度もある。
手始めはプールと腰にさわらぬストレッチングだが、仕事や身辺整理もたまっている。
片付けられないので散らかし放題だったのだ。
どこで完治するのかわからないが、気をつけながらここ一ヶ月は過ごすことになる。
一ヶ月のちの全国大会に向けてもう今週から連戦連戦で休む暇なしになるからだ。
リタイアは多くの人に迷惑もかけるので、それも許されない。
ギリギリも間に合っていないうちから始まってしまうが、ともかく丁寧にカラダを扱おう。
今日もあせらずプールとストレッチのみ。
ちょっとジャンプぐらいはしてみようかしら?

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助走(3)

そして結局は5日も待てず、カラダを動かすことを決意。
「腰はいじってはならん」という医者の教えは忠実に守るようにした。
直後は絶対安静アイシングというのは理解できたので、今後はそうしたいが(二度とやりたくないに決まっている)、復活に向けてのプログラムは自分なりに考えたい。
何しろすぐに太ってしまうからだ。
やせようと思うと本当に3ヶ月はかかってしまう。
だから、あんまりのんびりできないのだ。
結局6日目より、プールにてウォーキングを開始。
やっぱりちょっと痛い。背筋の芯が時おり痛む。
でも、ちょっと泳いでみようか?と泳げば、もっと痛い。
ここらでやめておこう。で1300m歩いた。
やっていると非常に軽い運動で、汗も出た気がしない。
が、やらんよりいいという思いで翌日もプールへ。
今度は1500m、そして、半分ほどは泳ぎながら・・・
ちょっと泳げるようにはなったが、まだ、カラダを伸ばすのが恐ろしい。
全快にはほど遠いだろう。
そして、なんだかわからんが、プールに居る間じゅうくしゃみが出る。
花粉症のような症状だ。
風邪もひいているのかもしれない。
まあふんだりけったりだなぁ。

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助走(2)

もうジョギングを習慣にしてから9年ほどになる。
いや、始めた頃に比べるとペースも量も半減以下でウォーキングに近いものだ。
が、それは幾多の故障や仕事の支障から、見つけてきた「おとしどころ」でもあって、決して悲観したりはしていない。
いや、量は減ったとしても、かえってマメにこなすようになり、ここ数年は禁煙もあり、休肝日もあり、トレーニングだけにおさまらず、小さなことだが、それまでにない努力をいくつか積み上げてきた。
これは仕事やプライベートも同じで、大きな事は何一つ結果を残せていないが、大きな事は「できない」と割り切るようになってから、小さな成果は、ちょっとずつだが、増やせていっているのではなかろうか?
まあ、身の程がわかってきたからというのもあるのだろうが・・・
でも、そんな生活は思っていたほどみじめったらしくはない。
大きな夢ばかり描いて一歩も動かないよりは、西川キヨシではないが、小さなことをコツコツと・・・の方が実感があるからだろうか?
ま、詳しいことはわからないが、何となく自分でもちょっとは充実しているなと思うと、小さなことだから結構簡単に出来て、調子が出てくると、もう一歩余分に行っておこかな?となるのである。
それが、ギックリ腰の引き金だ。
いや、カラダの変調に表れているから良いものの、その行き過ぎで失敗している仕事もきっとあるのだろうなぁ?
やればいいってもんじゃないこともあるのだろう。
が、ともかく今回もまたやってしまった。
そして最悪なのは「得意な素人療法」で見事にひどくしてしまったことだ。
本当にじっとしていることが出来ない男である。

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助走(1)

前回のギックリ腰の際は一週間でジョギングを始めているから、程度が軽かったのだろう。
今回はやった後にあせって無理からストレッチなど施したものだから、よけいに重症となったのだろうが、それにしても治りが悪い。
こうしてパソコンに向かっていても5分もすれば腰は固まってしまう。
(おっとちょと体操)
以前将来が不安で仕方なく、いろいろな資格取得の勉強をしていた時期があるが、それも時間的・脳味噌的には非常に不自由な生活だったのだが、やはり私はカラダが不自由な方が苦手らしい。
頭がどうでもいいということではないが、カラダを使うウエイトの高い生活をしてきたのだろう。
いや、本人はこれでも英知に関する能力も低くくはないと思ったりするときもあるのだが、高校時代の友人の言葉が思い出される。
「お前の脳みそは足にあるよな。」
そいつはものすごくわかっていたのかもしれない。
私にとっては頭を抑えられえるより、足を抑えられた方がストレスなのかな?と改めて考えている。
(おっとここでまた体操)

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