歳相応、分相応(2)
それでも、これまではこういった事態に諦めずに挑戦してきたと思う。
いや、今後もそうしていくつもりだが、少なくとも今までのやり方は通用しないカラダになりつつあると感じるのだ。
なっているといった方が正確か?
週に一度ストレッチングをするのだが、いつしか気が付いたら開脚で顔もつかない。
よく見直してみると、全部硬くなっている。
普通はやっていたら柔らかくなる。
少なくとも39歳からトレーニングを始めてカラダの機能はしばらくは向上し続けた。
ん?でも、それもそういや2,3年の間で、その後はなんとか下降気味の水平線。
3年前にもギックリ腰をやったから、やっぱり「来ている」のである。
これは何をどう考えても仕方のないことだ。
それぐらいはわかっている。
人間も生物であり、やがては死ぬ。
かつては50歳でも老衰したぐらいの生物なので、まったく不思議のない現象だ。
それは仕方がないし、悩むことでもない。
ただ、なら「今までと同じ方法」はちょっとマズいかな?知恵が無いかな?と思うのだ。
通常のトレーニングというものは、どんどん目標値を上げていく、それが鍛えるということであり、効果を高める秘訣でもあろう。
でも、そういうことにちょっと細胞としては無理がある時期となったようなのだ。
このところの2、3年を経て、ようやく確信したといったところだろうか?
面白くはないが、仕方のないことである。
そして、今すぐどうしようというアイデアもないから、よく言う「カラダと相談」ということになるのだろうか?
私の最も苦手な分野である。
「カラダと相談」
なんだか、相談の結果いつでも諦め、いつでも逃げられそうな方法である。
ものすごく便利な言い訳に使いやすい。
なので、嫌ってもきたことだ。
でも、そのせいで、けっこうケガや病気をひどくした経験も多い。
いわゆる「無謀」というやつだ。
多分、今後はそう簡単にもう「大怪我はできないよ」という神の思し召しなのだろう。
そう思うことにして、「カラダと相談」できる方法を見つけていきたい。
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